第7話 右の檻、左の檻

「準決勝は、二試合同時に行う! 観客の興奮を二倍にするためにな!」


 狂王の勅命により、闘技場の様相は一変していた。

 広大なリングの中央に巨大な鉄柵が打ち込まれ、ステージを左右真っ二つに分断したのだ。


「正気かよ……。歓声が混ざり合って、指示が通りにくいぞ」


 ルシアンが耳を塞ぎながら毒づく。ガレアは断頭斧を構え、目の前の対戦相手を見据えた。


「集中しろ、ガレア。まずは目の前の怪物を終わらせるんだ」


【右ブロック:ガレア vs 人造魔獣 No.404】


 目の前に立っているのは、かつて人間だったモノ――『人造魔獣』No.404ノット・ハウンドだ。ガレアと同程度の身長。だが、その立ち姿には覇気がない。猫背で、片腕の巨大な鉤爪をだらりと下げ、虚ろな瞳で地面を見つめている。


「ア……ガ……」


 彼女の装備は、継ぎ接ぎだらけの拘束具と、皮膚に埋め込まれたボルトのみ。そして、私の目を釘付けにしたのは、彼女の下半身だった。


「……穿いて、いないのか」


 私たちが必死に鉄や茨で隠している股間。ノットのそこには、何もなかった。ズボンも、貞操帯も、下着すらも。露わになった秘部は、赤黒く腫れ上がり、だらしなく開いたまま閉じなくなっている。そこから絶えず垂れ落ちる粘液が、彼女が受けてきた扱いの全てを物語っていた。

 背後のマッドサイエンティストが、ニタニタと笑いながらコントローラーをいじっている。


「ヒヒッ! ノットは『排泄』させることで安定させているんだよ。戦いの前も、後も、たっぷりと種を注いでやってな!」


「……吐き気がする」


 ガレアは斧の柄をきつく握りしめた。

 もし彼女がルシアンに出会わず、国軍に捕獲されていたら。鉄枷という「愛の拘束」を与えられず、ただ消費されるだけの肉穴として扱われていたら。

 目の前の怪物は、あり得たかもしれない未来そのものだった。


 ノットがよろめきながら、鉤爪を振り上げる。その動きに殺意はない。あるのは「殺されたい」という懇願だけだった。

 ガレアの鉄枷が、同情と共鳴して微かに振動した。


「ああ。……すぐに楽にしてやる」


【左ブロック:ドラクル vs ローズマリー】


 一方、鉄柵を挟んだ左の檻では、全く異なる種類の緊張感が張り詰めていた。


「あら、ごきげんよう。薄汚い野良犬さん」


 『虚飾の騎士王』ローズマリー・ファン・ヘルシングが、優雅にスカートをつまんで一礼した。

 黄金のプレートアーマーに身を包んだ彼女は、戦場に咲く大輪の薔薇のように煌びやかだ。その腰には、芸術品のような輝きを放つ、黄金の貞操帯が装着されている。

 純金で作られた装飾の下には、世界で最も硬いとされる金属・アダマンタイトの芯が隠されており、彼女の高貴なる処女性を物理的に防御していた。


 対するは、前大会覇者『隻眼の龍帝』ドラクル。

 ローズマリーよりも頭一つ分ほど背の高い巨体。武器は素手。そして彼女の股間には、粗末な腰布が一枚巻かれているだけだ。


「……ふん。着飾った豚か」


 ドラクルは腕組みをしたまま、その隻眼でローズマリーを見下ろした。

 その一言に、ローズマリーの柳眉が逆立つ。


「豚ですって!? 黙りなさい! その貧相な布切れ一枚の格好こそ、恥を知るべきよ!」


 ローズマリーの手元で、鞭のような剣――「蛇腹剣ガリアンソード」がジャラリと伸びた。


「セバスチャン、紅茶の準備を。3分で終わらせるわ」


「畏まりました、お嬢様。……相手の右足、古傷が開いております」


 リング外にいる執事が、優雅に懐中時計を見る。

 ローズマリーの手首が返る。蛇のような剣先が、予測不能の軌道を描いてドラクルの死角を襲う。


「あなた、美しくないわね。豚のように鳴きなさいッ!」


 刃がドラクルの喉元に迫る。だが、ドラクルは動かない。避けない。瞬きもしない。


「なっ!?」


 空中で、剣が止まった。物理的な障壁ではない。ドラクルの全身から放たれた『覇気プレッシャー』――超高密度のアルファフェロモンの壁が、刃の勢いを殺したのだ。


「遅い。止まって見えるぞ」


 ドラクルが一歩踏み出す。

 たった一歩。それだけで闘技場の空気が軋み、ローズマリーの黄金の鎧が共振して震え始めた。


 ◇ 


「右も左も、化け物揃いだ……」


 ルシアンが冷や汗を拭う。


 ノットの悲哀に満ちた特攻を受け止めるガレア。

 黄金の騎士を覇気だけで圧倒するドラクル。


 二つの戦いが最高潮に達しようとしていた、その時だった。


 天井の梁の上に、誰にも気づかれることなく、灰色の影が佇んでいた。その虚ろな瞳は、左の「騎士」と「最強」ではなく、右の「実験体」と「鉄屑」を見下ろしていた。


「……数が合わないわね。減らしましょうか」


 灰色の死神が、重力を無視してガレアの背後へと舞い降りようとしていた。

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