第6話 血の祈り

「ハァッ……! ハァッ……! 斬りなさい! 罰しなさい! 穢れた私を清めてくださぃッ!!」


 テレサが振るう車輪は、デタラメな軌道を描いてガレアを襲う。回避し、カウンターで肩口を斧で薙ぐ。

 鮮血が飛ぶ。だが、その痛みは彼女を止めるブレーキにはならない。


「あァァんッ! 熱い、熱いのが入ってきたわぁッ!!」


 テレサは絶叫した。それと同時に、彼女の背後に立つ盲目の少年司祭が、聖典をめくる手つきを早める。


「……汝、血を流すことによってのみ救われん。苦痛こそは神の愛撫、傷跡こそは信仰の証なり……」


 少年の朗読が熱を帯びると、『聖なる茨シルバー・ソーン』が反応する。


 モーターが唸り、銀色のワイヤーが巻き取られ、鋭利な棘が彼女の柔肌に深く食い込む。


「ん、ぎぃッ! 締まる、締まるぅ! 子宮が、膀胱が、神の御手で握り潰されるぅぅッ!!」


「気色悪い……ッ!」


 ガレアは斧を構え直しながら、一歩後退した。

 戦えば戦うほど、彼女のアルファフェロモンは濃度を増し、切り裂かれた傷口すらも興奮による代謝熱で塞がっていく。

 ガレアが与えるダメージは、すべて彼女へのご褒美サービスとして消費されているのだ。


「どうしたの? 手が止まっているわよ! もっと強く、もっと深く! あなたのその太くて硬い刃で、私の中を掻き回してよぉッ!」


 テレサが自身の血を顔に塗りたくり、恍惚の表情で迫る。その瞳は、ガレアを敵として見ていない。

 彼女にとってガレアは、最高の責め苦を与えてくれる執行人であり、性的な奉仕者なのだ。


(ふざけるな。俺の戦いは、俺の暴力は、ルシアンのためにあるんだ!)


 ガレアの股間の鉄枷は、ルシアンとの信頼の証だ。だが、こいつの茨は違う。自らの欲望を増幅させ、自家中毒に陥るための「自慰道具」だ。

 生理的な嫌悪感が、ガレアの斧を鈍らせる。


「ガレア! 惑わされるな! その女は斬撃や刺突を、性的な挿入ペネトレーションと同一視して興奮している。まともに相手をするな!」


 ルシアンの声が飛ぶ。


「じゃあどうすりゃいいんだよ! 斬らなきゃ倒せねえだろ!」


 ガレアが叫び返すと、ルシアンは冷徹な視線をテレサの背後――盲目の少年に向けた。


「供給源を断て。その女の快楽のスイッチは、あのガキの『声』だ」


 ルシアンの指摘は的確だった。

 テレサの茨が締まるタイミング。彼女がトランス状態に入る瞬間。すべては、少年の読み上げる聖典のリズムと同期している。


「なるほどな……。神の声を遮断しろってことか」


 ガレアはニヤリと笑い、斧を持ち直した。

 テレサが車輪を振り上げ、飛びかかってくる。


「よそ見をしているなんて、不誠実よぉッ! 私だけを見て! 私だけを壊してぇッ!」


「ああ、見てやるよ。……だが、お経がうるさくて集中できねえな!」


 ガレアはテレサの攻撃を紙一重でかわすと、踏み込みざまに、彼女ではなくその背後の空間へ向けて、斧の石突を突き出した。


「――ッ!?」


 ガレアが放った鋭い殺気と風圧が、盲目の少年を直撃した。物理的な接触はない。だが、その咆哮にも似た気迫に、少年は腰を抜かした。


「ひッ……!?」


 少年が転び、手から分厚い聖典が滑り落ちる。本が地面に落ち、朗読が途切れた。その瞬間。


「……え?」


 テレサの動きがピタリと止まった。ワイヤーを巻き取る音が消える。棘の食い込みが止まり、彼女を突き動かしていた、痛みと快楽の供給が遮断された。


「な、なんで……? 神よ、なぜ沈黙されるのですか……? まだ、オルガズモスは未だ到来していないのに……」


 テレサが狼狽し、焦点の合わない目で虚空を彷徨う。トリップ状態から強制的に現実に引き戻され、彼女の身体に、素の痛みと混乱が走る。


「神様にも安息シャバットは必要だろ?」


 ガレアは斧をくるりと回した。

 鋭利な刃の面を後ろに向け、分厚く平らな腹の面を前に構える。それはもはや刃物ではない。巨大な鉄のハンマーだった。


「刃を入れる価値もない。……夢も見ないほど深く、眠れ」


「ま、待っ――」


 全身全霊を乗せたフルスイングが、テレサの横っ腹を捉えた。鋭い衝撃を感じて脳内麻薬が出るよりも早く、圧倒的な質量が彼女の骨格を歪ませ、脳を揺らす。


「が、はッ……!?」


 テレサの身体が「く」の字に折れ曲がり、ボールのように吹き飛んで、闘技場の壁に激突した。壁に亀裂が入り、ずり落ちる。彼女は白目を剥き、口から泡を吹いて気絶していた。


「……ふん。静かになったな」


 ガレアは斧を肩に担ぐ。

 切断していないため、彼女の性癖を刺激することなく、ただの物理現象として処理したのだ。


「勝者! 『鉄錆の枷』ガレア!!」


 審判の声が響く中、ガレアはルシアンの元へ戻る。彼は満足そうに頷いた。


「いい判断だ。……さて、これでベスト4だ。いよいよ次は……」


 ルシアンの視線が、貴賓席のモニターに向けられる。そこに映し出されているのは、次の準決勝の対戦カード。

 その試合こそが、この闘技大会が地獄へと変わる分岐点だった。

 モニターの端に、ノイズのような灰色の影がちらついたことに、まだ誰も気づいてはいなかった。

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