第3話 ヘルマンモス
石造りの建物は想像よりも大きく、昼間なのに酒臭い。冒険者ってのはこういうものなのか……。
「まずは“ジョブ判定”だな。これを受けないと初期装備が受け取れないからな」
新が慣れた足取りでカウンターへ歩いていく。受付嬢の女性が俺たちを一瞥し、魔道具の台座を指し示した。
「順番にこの水晶に触れてください」
衛が最初に触れる。水晶が赤く輝き、文字が浮かぶ。
「戦士。うん、イメージ通りだな!」
次に勇希が触れる。青い光。
「パラディン、っと……ほう、これは珍しい。回復と防御の適性がありますよ」
「よっしゃ、サポートも任せろ!」
そして俺、善の番だ。水晶は淡い緑色に光り、文字が浮かんだ。
「……シーフ?」
衛と勇希が同時に吹いた。
「善、地味に似合ってる!」
「お前、気配消すの得意だしな」
やかましい。
ともあれ、予想外ではあるが、俺たちはそれぞれのジョブを手にした。
ギルドからの支給品――短剣、木剣、盾とロッドをもらい、いよいよ冒険者らしくなってきた。
「いいか、お前ら。新人がまずやるべきは“角ウサギ”狩りだ!」
新先輩が胸を張って宣言する。
周囲の冒険者も「あー初心者はまずそこだよな」みたいな顔で頷いている。
「レベル上がったらゴブリン、さらに慣れたらオーク……この順番がテンプレだ。俺もそうやって育った!。安心しろ、最初は
どうやらこのアドバイスは、新先輩の“代々受け継がれた教え”らしい。本人は真剣なんだけど、なんというか……説明が雑だ。
とはいえ、俺たちは言われた通り、森に向かった。
「角ウサギ、普通に速いな……」
遠くで草が揺れ、白い影が跳ねる。見た目は可愛いが、額の一本角は洒落になっていない。
「善、右から回り込む! 俺と勇希で追い込むぞ!」
「了解!」
三人で声を掛け合い、ウサギの動きを封じる。
剣術も魔法もまだまだ素人だが、チームワークだけは昔のまま。追い込み漁みたいに角ウサギを追い詰め、一体ずつ確実に倒していく。
「悪くないぞ! 初心者にしては上出来だ!」
新は腕を組んで満足げに頷いた――その時だった。
地面が震えた。
そして、森が割れるように巨影が現れた。
「ヘ、ヘルマンモス……!?」
象の倍以上ある巨体。背中には太い毛並み、地面を削る巨大な牙。
レベル35以上の冒険者が数人がかりで、ようやく討伐できる“レイドボス”だ。
新の顔色が一瞬で吹き飛んだ。
「逃げろーーーッ!!」
怒鳴り声が森に響く。
真っ先に逃げるのではなく、俺たちを前に押しやる形で背後から護るように走る――そこはさすがベテランだ。
「どうする善!?」
「逃げる! でもこのままじゃ追いつかれる!」
走りながら視界の端を見た瞬間、小さな小屋が見えた。
猟師の小屋。前にスコップが数本立てかけられている。
「衛! スコップ借りるぞ! 勇希、手伝え!」
「了解!」
「ええ!? これで戦う気!?」
「違う、罠だ!」
衛のファイアスターターが火花を散らし、積んであった枝に着火する。
炎の匂いに気づいたヘルマンモスが方向を変える。
俺たちは、事前に勇希が掘ってくれた落とし穴の位置へ誘導するため、左右に散って走る。
「善! 誘導できるか!」
「やるしかねぇだろ……!来いよ、“重量級・高タンパク食材”!!」
「聞いたかヘルマンモス!晩メシ担当の勇希が腕まくりして待ってんぞ!
解体は俺も手伝う!!」
「了解!倒したら最高のごちそうにしてやるから、楽しみにしとけ!!」
巨大な影が背後に迫る。風圧と地響きが肌を刺す。
距離をギリギリまで詰められた瞬間、俺は落とし穴の前で急旋回した。
ドガァァァァン!!!
ヘルマンモスの巨体が穴に落ちる。しかし――
「っ……!?」
牙の先端が俺の腹に突き刺さった。
世界が一瞬、白く弾けた。
「善!!」
「大丈夫か! しっかりしろ!」
新が駆け寄り、俺の身体を抱き起こす。
しかし、腹に激痛はない。
代わりに、胸元の“本”がめり込んでいた。
『ソクラテスの問い』
傷一つない。
……どんな材質だよこれ。
「呪われてる……? いや、守ってくれた……?」
衛と勇希が呆然としている。
「善、お前……本に命救われてるぞ……」
「いやマジでなんなんだよこれ……!」
落とし穴の中で暴れるヘルマンモスに、俺たちは一斉にスコップで追撃を開始した。
「うおりゃああああ!!」
「勇希、足元! 衛、目狙え!」
「よっしゃあああ!」
スコップでレイドボスをボコボコにする俺たち。
どんな絵面だよこれ。
説明する暇はなかった。
「今だぁぁぁ!!」
周囲から、声が飛ぶ。
ギルドからついてきていた冒険者たち。
野次馬。見物人。
「いけぇぇぇ!!」
「スコップだ! 殴れ!!」
「やっちまえ新人!!」
……この世界では誰でも使えるスキル、
ほんの少しだけのバフがかかるらしい。
しかし、微々たるもので実感はない。
「今だ、新さん!」
「任せろッ!!」
光の剣が閃き、ヘルマンモスの咆哮が森に響き――
ついに、巨体が沈黙した。
静寂。
新は肩で息をしながらも、誇らしげに剣を収めた。
「はぁ……はぁ……やった、ぞ……!」
だが、衛と勇希は違和感に気づいていた。
「善……これ……」
「スコップのダメージ、めちゃくちゃ通ってなかったか……?」
俺も同じことを考えていた。
「ボス級が……こんな簡単に?」
強さの評価基準――レベル。
それが絶対だと思い込んでいたが、今の戦いには不自然な点が多すぎた。
「この世界……本当に“レベル”で強さが決まってるのか?」
俺の疑問は、確信めいた重さを持って胸に沈んだ。
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続きが気になったら、
ブックマークだけでもしてもらえると助かります。
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