第2話
放課後。ミナミと二人で先生のところに呼ばれたおかげでアサヒは帰ってしまっていた。今日の予定は丸つぶれだ。
結局、ミナミがなんで泣いたのかはわからなかった。先生が何度も聞いたけれど、ミナミはなにも言わなかったんだ。そのおかげで時間が長引いて、教室に戻った頃には、もう誰もいなかった。
ランドセルを背負ってから教室を出る。一緒に帰るつもりはないんだけど、どうしても家が近所だから、一緒になってしまう。
「マナトくん。ごめんね」
昇降口で靴を履き替えて、走り出そうとしたとき。ミナミがそう言った。
「な、なんだよ。なんで謝るんだよ」
「別に。ごめん。泣くつもりなかったんだけど……」
「いいよ。別に。ちぇ」
おれはさっさと走り出す。ミナミと一緒にいるところを、他の奴らに見られたら、からかわれるに決まっている。さっさと帰ろう。今日はついてないぜ!
校門を出てすぐに右に曲がる。おれの家は、次の角を更に右に曲がって……。
すると、そこには見たこともないおばあさんが座っていた。おばあさんは小さい椅子に腰かけて、頭からハンカチをかぶっている。おばあさんの目の前には小さい段ボールが置かれていた。
「ひよこ、どうだい?」
ひよこ?
そろそろと近づいてみると、段ボールの中には小さいひよこがたくさん、「ピヨピヨ」と鳴き声を上げていた。しかもひよこは色々な色をしている。ピンク、青、緑、紫……。
「なんだ、これ」
「かわいいだろう? 一羽100円だ。どうだい?」
と、おばあさんが言った。
「100円? 安っ。欲しいなあ」
「ピイピイ」と鳴くひよこたちを眺めてうっとりとしていると、後ろからやってきたミナミが「ダメ」と言った。
「なんだよ。お前には関係ないだろう?」
ミナミは「あんたはダメ」と言った。
「タマゴッコも殺しちゃうんだから。ひよこなんて育てられるわけない」
「はあ? おれだってタマゴッコ育ててる」
「ゲームと違うんだから」とミナミは真剣な目で言った。
おれは「ゲームとは違う」という言葉に、一瞬言葉を失った。
「リセットしてまた新しく育てればいい。そうじゃない。このひよこたちは、死んだらおしまい。やり直しはきかないんだから。ねえ、死んだらもう会えなくなるんだよ。どんなに会いたくでも」
ミナミは唇を噛みしめた。
「お父さん。死んだ。先週」
「あ……」
ミナミが先週休んでいたのは、そういうことだったのか。なんか先生が暗い顔で言っていたけど、ちゃんと聞いていなかった。
「お父さんは戻らない。タマゴッコみたいにリセットされない。タマゴッコだってリセットされたら、同じ子は生まれないでしょう? 命ってそんなに簡単じゃない」
目の前のひよこたちは、おれを見ていた。その真っ黒な瞳は、見ているだけで心の奥が熱くなる。
「どうする? 100円だよ」
おばあさんはもう一度言った。
「——100円なんてないよ」
「じゃあダメだね。家に帰って、お母さんと相談してきな」
おばあさんはそういうと目を閉じた。おれは立ち上がって歩き出す。少し後ろをくっついてくるミナミと一緒に。
彼女に悪いこと言ったって謝りたい。けど、なにも言えなかった。おれたちは、家の近くの交差点まで黙って歩いた。それから、少し視線を合わせて、そのまま分かれた。
家に帰ったらタマゴッコをする気持ちになれない。
また死んでしまうかも知れない。
そう思うと、とてもタマゴッコをする気持ちになれなかったのだ。
—了—
タマゴッコ【カクヨムコン11お題フェス:卵】 雪うさこ @yuki_usako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます