最終章 ロストストーリー

沈黙は、長くは続かなかった。


 選択を迫られる時間というのは、いつだって残酷だ。

 だが、その残酷さを引き受けるために、人は言葉を持っている。


 ピロが、一歩前に出た。


「答えは、一つだ」


 ラドゥームが、愉快そうに笑う。


「ほう?」


「お前を消し去る」


 影が、ざわめいた。


「核を壊せば、町が壊れるかもしれない?

 記憶が失われるかもしれない?」


 ピロは、剣を構える。


「それでもいい。

 誰かが勝手に決めた未来に、生き方を奪われるくらいなら」


 セジュが、静かに隣に立つ。


「リンも、レヴォも、

 俺たちに選ばせなかっただけだ」


 テンが頷く。


「だから今度は、あなたたちが選ぶ番」


 ラドゥームは、初めて言葉を失った。


「……愚かだな」


「そうかもな」


 ピロは、迷わなかった。


「でも、物語は失ってもいい。

 俺たちは、ここに残る」


 その瞬間、雨が逆流する。


 地面から立ち上る無数の水滴が、一つの流れとなり、核へと集束していく。


 セジュが、剣を振り上げた。


 その刃に宿るのは、未来でも運命でもない。

 リンの沈黙。

 レヴォの否定。

 語られなかった、無数の選択。


「――終わりだ」


 一閃。


 核は砕け、

 ラドゥームは、悲鳴すら上げられず崩れ落ちた。


 影が消える。

 循環が止まる。


 町は、揺れた。

 だが、崩れなかった。


 代わりに、何かが失われていく。


 名前。

 出来事。

 語られるはずだった、もう一つの物語。


 雨は止み、

 水滴は、二度と歪まなかった。


 朝が来る。


 町の人々は、ただ「平和が続いている」とだけ思って生きていく。


 リンの名を、

 レヴォの理屈を、

 セジュの覚悟を――誰も覚えていない。


 それでも。


 ピロだけは、時折立ち止まり、空を見る。


 失われた物語が、確かにあったことを、知っているからだ。


 それが、この町に残された、唯一の真実だった。

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ロストストーリー  読んでいる時間だけでも楽しいと思ってもら @chol

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