第8章 偽りの平和
朝が来た。
雨の降らない町に、いつも通りの光が差し込む。
崩れた建物はなく、空も澄んでいる。
あまりにも、何事もなかったように。
「……勝った、んだよな」
カルラが、独り言のように呟いた。
セジュは答えなかった。
剣を下げたまま、町を見回している。
影は消え、歪んだ路地も見当たらない。
人々は外に出て、普段と変わらない朝を迎えていた。
ユメは、無理に笑った。
「ほら、夢みたいでしょ。
全部……終わったんだよ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
終わったと信じたかった。
リンはいない。
だが、悲しむ時間すら、町は与えてくれなかった。
平和は、強引に押し付けられる。
――違和感に気づいたのは、僕だった。
「……レヴォ?」
振り返っても、返事がない。
さっきまで、すぐ後ろにいたはずだった。
理屈で安心を語り、現実に縋ろうとしていた――あいつが。
「レヴォ!」
走って探す。
町外れの路地裏で、僕はそれを見つけた。
レヴォは、壁にもたれるように倒れていた。
血はない。
傷も、見当たらない。
ただ――影だけが、妙だった。
本体より、半歩遅れて落ちている。
「……なんだよ、これ」
触れた瞬間、冷たかった。
死んでいる。
理由も、過程も、奪われたまま。
遅れて、皆が集まる。
テンが、影を見て顔を強張らせた。
「……まだ、終わってない」
その声は、震えていた。
「ラドゥームは、頭じゃなかった」
空気が、凍る。
「未来は、そんなに単純じゃない」
セジュが、低く言った。
その時だった。
石畳に、音がした。
ぽつり、と。
水滴が、落ちた音。
全員が、同時にそちらを見る。
透明な一粒が、そこにあった。
その中に映っていたのは、
首のない悪魔でも、歪んだ町でもない。
――こちらを見返す、レヴォの視線だった。
テンが、呟く。
「……核は、まだ生きてる」
平和は、嘘だった。
物語は、
まだ“失われていない”。
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