第7章 覚醒

リンの体は、静かだった。

 

 泣き声も、叫びも、町には落ちなかった。

 まるで世界が、その死を受け止めきれず、反応することを拒んでいるみたいだった。


「……ラドゥーム」


 セジュは突然目の前に現れ、怒りに満ちた声を絞り出した。


 血に濡れた手を下げたまま、ラドゥームは動かない。

 その背後で、影が蠢き、町の中心に巨大な輪郭が浮かび上がっていく。


 低く、重い声が空気を震わせた。


「理解したか、人の子よ」


 姿は定まらない。

 だが“そこにいる”という圧だけで、膝が軋んだ。


 あいつの声が町に響く。


 -ラドゥーム。


 未来の町が辿り着く、滅びの意思。


「リンは核に気づいてしまった」


 レヴォが、息を呑む。


「……だから、リンを!」


 ラドゥームは嗤った。


「だから私が殺した-

 “英雄”になる前に」


 その瞬間、セジュの体が震えた。


「……違う」


 低い声だった。


「リンは、逃げなかった。

 本当は後ろから近づくお前に気付いていた!

 背負う運命を、俺たちに渡さなかっただけだ!」


 ラドゥームは、リンの血に濡れた地面を見つめる。

 その赤が、ゆっくりと光を帯び始めた。


「ラドゥーム。

 お前は未来だ。

 でも――未来は、血で決まるものじゃない」


 空気が、軋んだ。


 セジュの背後で、影が弾け飛ぶ。

 歪みが、彼一人を中心に収束していく。


 覚醒だった。


 未来を見る存在でも、町の意思でもない。

 ただ、“今”を断ち切るための存在。


「……そうか」


 ラドゥームの声が、初めて揺らいだ。


「お前は、この町の器になるつもりか」


 セジュは、剣を構えた。


「違う」


 一歩、踏み出す。


「終わらせに来た」


 次の瞬間。


 セジュの一閃が、空間そのものを裂いた。


 時間が、意味を失う。

 因果が、遅れて追いつく。


 ラドゥームの頭部が、音もなく宙を舞い、

 影の巨体が、崩れ落ちていった。


 悲鳴はなかった。

 未来が、理解に追いつかなかったのだ。


 影が消え、

 町は、静寂を取り戻す。


 ――終わった。


 誰もが、そう思った。


 だが。


 セジュだけが、剣を下ろさなかった。


 彼の視線は、

 -まだ消えていない“何か”-を、確かに捉えていた。

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