第4章 雷と謎の少女テン

セジュが消えてから、町にはいつもの日常が流れた。


 歪んだ路地は見えなくなり、水滴も消えた。

 まるで、すべてが“なかったこと”にされたようだった。


 ユメは「悪い夢だったんだよ」と笑い、

 カルラは剣を置き、

 レヴォは理屈を並べて日常を取り戻そうとした。


 リンだけが、何も口にしなかった。


 また更に一週間。

 リンは一切食べ物を口にしなかった。


 水も、言葉も、拒むように。

 それでも死ななかった。

 それが、かえって不気味だった。


 そしてセジュが消えて10日目の夜。


 空が、割れた。


 稲光が町の中心を貫き、轟音が地面を震わせる。

 雨の降らない町に、初めて雷が落ちた。


「……なんだ、今の」


 誰かが呟いた瞬間、僕は見た。

 閃光の中から、人影が落ちてくるのを。


 石畳に叩きつけられたその体を、僕たちは慌てて囲んだ。


 少女だった。

 年は僕たちと同じくらい。

 全身が雨に濡れている――いや、雨を連れてきたようだった。


「生きてる……?」


 胸が、わずかに上下している。


 僕たちは彼女を家まで運び、介抱した。

 町の誰も、彼女を知らない。

 なのに、どこか懐かしい違和感があった。


 しばらくして、少女は目を開けた。


 濡れた前髪の隙間から、こちらを見て、微かに笑う。


「……ありがとう」


 その声は、初対面のはずなのに、迷いがなかった。


「誰1人、セジュのことを忘れていないみたいだね」


 僕たちは言葉を失った。


 少女は、ゆっくりと起き上がり、僕を見た。


「ピロ。カルラ。ユメ。レヴォ……」


 1人ずつ、名前を呼ぶ。


 そして、最後に。


「リン」


 その名を呼ばれた瞬間、

 リンの体が、びくりと震えた。


 少女は静かに言った。


「私はテン。

 ……この町が“終わる未来”から来た」


 雷鳴が、再び空を裂く。


 その音に重なるように、テンは続けた。


「悪魔の名前は、ラドゥーム。

 そして――セジュは、生きてる」


 その言葉は、

 忘れかけていた痛みを、容赦なく抉り出した。


 偽りの平和は、終わった。

 この町の終焉はもうすぐそこまで来ていた。

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