第2章 歪みを視る者

あの水滴は、翌日も消えていなかった。


 朝の光を受けて、石畳の上で静かに輝いている。誰かが踏みつけた形跡もなく、避けられるようにそこに残っていた。

 僕は胸の奥に残るざらつきを無視できず、仲間の元へ向かう途中で足を止めた。


「まだある……」


 しゃがみ込んで覗き込む。

 昨日と同じ町が、同じように歪んで映っていた。ただ一つ違っていたのは――歪みが、少しだけはっきりしていることだった。


「ピロ?」


 背後から声をかけられ、振り向く。

 ユメだった。ぼんやりとした目で空を見上げながら、まるで夢の続きの中にいるみたいな顔をしている。


「なに見てるの?」


「……水滴」


「水?」


 ユメは首を傾げて足元を見る。

 だが次の瞬間、彼女は何もない場所を見ているような顔で笑った。


「ピロ、何もないよ。朝だからぼーっとしてるんじゃない?」


 僕は何も言えなかった。

 確かにそこにあるのに、見えていない。


 その後すぐ、レヴォとカルラが合流した。

 レヴォは理屈で世界を測るタイプで、カルラは行動が先に出る。


「雨の町の怪談か?」とレヴォは鼻で笑い、

「面白そうじゃん」とカルラは即座に石畳へ近づいた。


「待って、触るな」


 思わず声が出た。

 自分でも理由は分からない。ただ、触れた瞬間に何かが壊れる気がした。


 だがカルラは気にしなかった。

 指先が、水滴に触れた。


 その瞬間――


「っ……!」


 後ろで、誰かが崩れ落ちる音がした。


 振り返ると、リンが倒れていた。

 蒼白な顔で目を見開き、何もない空間を凝視している。


「リン!」


 駆け寄ると、彼女の瞳は焦点を結んでいなかった。

 だが、確かに“何か”を見ている。


「……いる」


 震える声で、リンが呟く。


「そこに……悪魔みたいな……」


 誰もいないはずの場所を差す指が、小刻みに震えていた。


 その瞬間、背筋を冷たいものが走った。

 見えているのは、僕だけじゃない。


 水滴を見た僕と、触れたカルラ。

 そして――歪みの向こう側を、直接見てしまったリン。


 この出来事が偶然ではないことを、僕たちはもう理解し始めていた。


 雨の降らない町で、

 確かに何かが――こちら側へ近づいてきている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る