ロストストーリー
読んでいる時間だけでも楽しいと思ってもら
第1章 雨の降らない町
この町では、雨が降らない。
正確に言えば、降らなくなってから、もう何年経ったのか誰も覚えていなかった。
空はいつも澄みきっていて、雲はあっても厚みを持たず、通り雨という言葉は昔話の中にしか残っていない。それでも人々は困らなかった。水は地下から汲み上げられ、作物は育ち、生活は続いていた。
だから誰も気にしなかったのだ。雨が降らないことが不自然だとは。
――あの日、最初の一滴が落ちるまでは。
朝、石畳を歩いていた僕――ピロは、足元で小さく弾いた音に気づいて立ち止まった。
水滴だった。
ありえない、と思った。
空を見上げても、雲一つない。けれど確かに、足元に透明な粒が落ちている。消える気配もなく、まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。
しゃがみ込み、顔を近づける。
その水滴に、町が映っていた。
見慣れたはずの建物、道、塔――なのに、どこかがおかしい。
メインストリートの空間が微妙に歪み、存在しないはずの路地が、影のように映り込んでいる。
「……なんだ、これ」
理由もなく胸がざわついた。
触れてはいけない。そんな直感が、はっきりと脳裏に浮かんだ。
それでも、目を離すことができなかった。
水滴の中の町は、まるでこちらを見返しているようだったからだ。
この町で産まれ、この町で育った僕は、まだ知らなかった。
この一滴が、僕たちの誰かを奪い、
いくつもの未来を失わせ、
そして――語られない物語を生むことになるということを。
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