第2話


「先生を殺したのはあなたよ、朝日宮、きらな――――」



 ……はい?


「え、いきなりなに……なんなの? わざわざ追いかけてきてそんなこと言うの? ……雨谷さん、わたしのこと嫌い?」


「ええ、嫌い。嫌いなの、大嫌い。あなたのせいで私の手足はボロボロなんだから」


 ほら見て、と言わんばかりに手の絆創膏を見せられた。手足と言っていたから……足も同じく、なのだろうか。

 制服をめくればお腹のあたりには血で滲んだ包帯があって……元々が白だと思えないほどの赤黒い包帯だ。


「雨谷さん、それ……」


「昨日。深夜ね……先生は殺されたわ。それは鴉のような……いいえ、あれはもはや悪魔よね……。黒を纏った少女に、殺されたのよ――」


 指を差され、あなたにね、と言われる。


 鴉のような、と言っている時点できらなではないはずだが……。


 ――証拠不十分だ! と事実を突きつけてやりたい。


「なら、これはなんなのかしら」


 音もなく近づいてきたれいれが、きらなの制服のポケットに手を突っ込んだ。


 ガサゴソと探り、取り出したそれは――――ピストル、である。


「え。ちょ、ちょっと待ってなにそれ!?」


「やっぱり。見えるのよね?」


「見えるけど!?」


 本物……? のような。そっくり、ではなく完全に本物だ。

 黒と赤が入り混じった重量があるピストルそのもの……。


 持っていないので実際の重さは分からないが、見た目から重量感がある。


 というか、ポケットから出てきたのだから、そりゃあ入っていたわけで……常に重量を感じていたはずだろう……?


「昨日、あなたはこれを拾ったはず。ファミレス、だったかしら。それとも駅前で?」


 昨日は――、こみどりちゃん、委員長のみんみと仲良くなった日だ。

 確かにファミレスで駄弁ってから、別れて駅前を通り家へ帰った……しかし、道中でピストルを拾った記憶はなかった。


 ……思い出せない。


 記憶を探ろうとすると、黒い羽根に前を阻まれるように記憶が途切れている。



「――黒を纏い、赤を操る黒紅くろべにの魔法少女――否、悪魔少女ね」


「…………」


「ええ、そういう顔をするわよね……分かってるわよ。説明不足なのは重々承知の上で結果だけを伝えているの。結論を先に言った方がいいでしょう?」


 ――つまり、だ。


 異界の王が落としたマナアイテムをきらなが拾い、マナに飲まれたきらなは魔法少女ではなく、悪魔となってしまった……。

 異形の姿をした化物へ、堕ちてしまったのだ。


 それが、昨晩のこと。


「ちなみに言うと私もマナアイテムを持っているわ……もちろん、操ることができる。当然ながら魔法少女よ――悪魔になんかならないわ」


 あなたと違って、と言うセリフは完全に煽っていた。


 この場で挑発をする必要はないはずだが……、れいれからすれば挑発ではないのだろう。単なる雑談のひとつだとしたら、コミュニケーションが下手すぎる。


 れいれが、マナアイテムに飲まれたきらなを見つけ、暴走を止めようとしたものの……圧倒的な強さを持つきらなになす術がなかった。

 絆創膏、包帯の原因はきらなだったわけだ。実際はもっと酷い大怪我であるが……魔法少女の治癒力が現状の傷まで治癒してくれている。死ななかっただけ奇跡だった。


 ……悪魔となったきらなが。

 野放しにされていた悪魔が、さて、なにをしたのか――――


 深夜、悪魔が向かったのはやはり学校で…………ターゲットは、先生だった。


 残業を厭わないことが、若い教師の運命を歪めたとも言える……なぜ、きらなは……。


 先生を、殺した??



「あなた……過去にいじめを受けていたりする?」


「……どうして?」


「復讐心。……それを持っていればピストルの――悪魔に、飲まれるのよ。結果、無関係な人を殺してしまっている……いいえ、あなたにとっては関係がある人だったのかもしれない。先生という立場の人間に強い恨みでもあったのかもね。あの時、助けてくれなかったから……とか?」


 きらなから表情が消えていた。

 頼りないが……街灯で明るいはずの地下通路が、一段、薄暗くなった気がした。


 思い出したのか? あの日のことを。


 辛い、過去を。


 きらなを放置したままでは被害が増えるばかりだ。先生ひとりで済めばいいが……悪魔という立場で暴れられたら完全犯罪の出来上がり。証拠なんて残りようがない。


 さらに、きらなには自覚がなく――

 悪魔の好き勝手にはさせないのが、魔法少女であるれいれの仕事であった。


 白蒼しらあおの魔法少女。


 白と蒼が混ざった小太刀が、彼女のマナアイテムである。


「ねえ、あなたの復讐心はどうやったら消えてくれるのかしら」


 きらなは、すぅ、と息を吸い……吐いた。

 心をゆっくりと落ち着かせてから……一言。


「わたしをいじめたあいつらが……死んだら――かな」


 その答えを聞いて、れいれが顔をしかめた。だろうな、という予想はしていたものの、いざ目の前で言われてしまうと……詰んでいる。


 だが、詰んでいるように見えるだけだろう。


 嘘がつけない復讐心。

 きっとこれは、本当にいじめっ子を殺さないと終わらない悪魔なのだろう。


 悪魔であり、悪夢か。


「朝日宮さん。話し合いましょう」


「それで気が済むとは思えないよ。この痛みを知るのはわたしだけ……だもん」


「だとしても、話し合いをしないよりはマシよね」


「なら、存分にしてあげてもいいよ……でも、それでも復讐心が消えなければ? そうなったら……殺していいんだよね? わたし、昨日のことは覚えていないけど、この復讐心だけは絶対に忘れない自信があるよ」


 忘れないから。

 殺さないという選択肢はない、と。


「……その時は……ええ、仕方ないから殺しましょう」


「……え?」


 驚いたのはきらなの方だ。

 まさか、れいれが肯定するとは思っていなかったのだ。


「い、いいの……?」


「無関係な人間が死ぬよりはいいでしょうよ」


 苦肉の策だ。


 被害者はいない方がいいに決まっている……それでも、被害者が出なければいけないのならば、やはり当人が痛みを受け入れるべきだ。無関係より、関係している人を。


 誰かが死ななければ終わらないなら、因果応報に任せるべきだ。


「それに、いじめっ子が殺されるくらい、がまんするわよ。だって自業自得だもの。……あのね、私だっていじめっ子が悪いと思っているわ。どんな理由があろうと、手を出してはダメなのよ――死ななきゃ治らないなら殺してみるのもありだと思うわ」


「…………なにそれ……雨谷さんは止める役じゃないの!?」


「昨日みたいな八つ当たりで殺すなら止めるけど」


 けど……正当な理由で犯人を狙うなら文句はなかった。


「スッキリするなら、復讐……しなさいよ。その後のことは……私があなたを保護してあげるから」


 満足すれば、悪魔の力が弱まるはずだ。


 だから、気が抜けた悪魔からきらなを救うことができる。

 復讐心から結果を出して、自分が世界の支配者になったと勘違いさえしなければ。


 もしも復讐以外のことをすれば、れいれは容赦なくきらなという悪魔を斬るだろう。



「嫌いを嘘で誤魔化すことはできないものね。よく分かるわ――だから私は、あなたの味方なのよ」


「……うぅん……でもさ……、それでも推奨するのはダメじゃないの……?」



 そういう躊躇いが芽生えただけでも、れいれのやり方は正解だったようだ。





 ・・・ おわり

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異形化【魔法少/女】きらな 渡貫とゐち @josho

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