第1部 出会いと秘密
第1話 神社で出会ったギャルは、和の姫だった
朝の空気は、少しだけ冷たかった。
冬の名残をわずかに含んだ風が、制服の袖口をくすぐる。
通学路の途中にある小さな神社は、いつもと変わらず静かで、鳥の声だけが響いている。
相沢直人は、特に信心深いわけでもないのに、なぜかこの神社を通るのが好きだった。
理由はよく分からない。ただ、ここを通ると、少しだけ気持ちが落ち着く。
その日も、いつものように鳥居をくぐった――
そして、足を止めた。
境内の中央に、ひとりの少女が立っていた。
明るい茶髪のロング。
ゆるく巻かれた髪先が朝日を受けて揺れる。
短いスカートに、派手めのネイル。
どう見ても、学校で有名なギャル――“ハナちゃん”だ。
だが。
その姿は、直人の知っている“ギャル”とはまるで違っていた。
手水舎での所作は、驚くほど美しい。
柄杓の扱い、手の洗い方、口のすすぎ方――どれも無駄がなく、滑らかで、まるで舞のようだった。
そして、拝礼。
背筋を伸ばし、静かに頭を下げる。
その姿は、神前に立つ巫女のようで――いや、それ以上に凛としていた。
直人は、息を呑んだ。
学校で見る彼女は、明るくて、派手で、ちょっと天然で。
友達からは「ハナちゃん」と呼ばれている。
直人も、そう呼んでいた。
でも今、目の前にいる彼女は――
“ハナちゃん”ではなかった。
まるで、別人だ。
直人が見惚れていると、少女がふと振り返った。
「あ……」
目が合った。
その瞬間、彼女の表情が固まる。
ギャル特有の軽いノリも、明るい笑顔もない。
ただ、素の驚きだけがそこにあった。
「……桜庭さん?」
直人は、自然とそう呼んでいた。
学校でも、彼は彼女を“ハナちゃん”とは呼ばない。
距離のある関係のまま、丁寧に「桜庭さん」と呼んでいた。
少女――桜庭小華は、ほんの一瞬だけ戸惑い、そして小さく頷いた。
「……はい。相沢さん」
その声は、学校で聞くものよりずっと落ち着いていて、柔らかかった。
直人は、ふと気になっていたことを口にした。
「その……“小華”って、こう書いて“こはる”って読むんだよな?」
小華の目が大きく見開かれた。
「……え?」
「昨日、名簿見て……読み方、気になってたんだ」
嘘だ。
今、神社の奉納札に書かれた名前を見たのだ。
“桜庭 小華(こはる)”
その文字が、妙に印象に残った。
小華は胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
「……正しく読んでくださったのは……相沢さんが初めてです」
頬が、ほんのり赤い。
派手なメイクの奥に、素の表情が見えた気がした。
直人は、なんて返せばいいか分からなかった。
ただ、彼女が少しだけ嬉しそうに見えたことだけは分かった。
朝の神社に、静かな風が吹き抜ける。
二人はしばらく黙って向かい合っていた。
気まずいわけではない。
ただ、互いに距離感を測っているような、そんな沈黙だった。
――この日からだ。
直人と桜庭小華の距離が、少しずつ変わり始めたのは。
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ギャルの彼女の素顔は、由緒正しき和風美人でした aiko3 @aiko3
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