第7話
最後にバス停を見たのは、もう40分も前のことになる。車でこれなのだから、徒歩だった場合などは想像したくもない。
「じゃ、俺ちょっと準備してくるから」
祐一はそう言って実家に入っていった。琢磨はそれを目で追いつつ、見上げる。木造の2階建て。広々とした敷地面積。でも、ちっとも羨ましくはない。それにはアクセス性と、もう1つ理由がある。
「あいつ……ったく」
祐一の姉の、力強い舌打ちの音が響く。車移動は楽だった。でも、前席で繰り広げられた3年分の質問攻めが、当事者でもない琢磨の精神を削っていた。
「はぁ……」
わざとらしいため息。じろりと向けられる重い視線。琢磨は礼を言えていないことを思い出し、バッと頭を下げた。
「あの! ……送っていただきありがとうございました」
「いいよ別に。ついでだし」
彼女は追加でため息を一つ吐くと、品定めするように睨んだ。
「聞けてなかったね。君、何者?」
「宮地琢磨です」
違う違う、と姉は首を振る。
「あいつとどういう関係? ってこと」
「どう、って」
「あいつ、結構根回しするけどさ。正直に答えてね?」
でないと怒るよ。琢磨にはそんな言葉が聞こえた気がした。軽く後退りしつつ、彼は正直に答えた。
「……お隣さん、って感じです」
「は? それだけ?」
「そ、それだけです」
姉は琢磨を険しい目で見た。
「……ただのお隣さんを、どうして実家に連れてくるわけ?」
「え」
あの長電話で聞かされてなかったのか? 少々意外に思いつつ、琢磨は答えた。
「えっとほら、巳津多様の……」
「はぁ?」
姉は一瞬目を見開いた。だがすぐに細め、睨むように琢磨を見た。
「何あんた。あんなクソオカルトのためにこんなクソ田舎まで来たの?」
「オカ、ルト……?」
「クソ迷信、クソ因習、クソ妄想! ……他にどう呼んであげてもいいよ」
嫌そうに吐き捨てる。その反応に祐一は戸惑った。巳津多様が実在することは、ここではありふれた事実ではなかったのか? 姉はにじり寄り、続けた。
「しっかしあいつ、外の人に……他に何か言ってなかった?」
「え、えっと……」
後退り。背中がボンネットに触れる。琢磨は逡巡した。その状況を、1つの声が割った。
「姉ちゃん!」
「ああ、馬鹿が来た」
姉は琢磨を指さしたまま、祐一に振り向いて言った。
「この子に聞いたよ。爺さんたちのホラ話を触れ回ってたんだって?」
「言い伝えだろ」
「大して違わないでしょ。……あんたさ……さっきも聞いたけど、向こうでちゃんとやってんでしょうね」
猜疑の目。祐一は真正面から見返し、きっぱりと言った。
「さっきも答えただろ」
「そうだけどさ。……」
次の言葉を探している。琢磨にはそう見えた。だが祐一は姉の脇をすり抜け、琢磨に言った。
「じゃ、とっとと行こうぜ」
姉の背中が震えた。琢磨は身震いした。祐一は構わなかった。砂利を蹴る音が2、3回挟まった。姉はゆっくりと言った。
「待ちな」
祐一は足を止め、振り向かずに答えた。
「堂々巡りだろ? また今度に」
「今度ぉ!?」
「あの!」
琢磨は突如として叫んだ。二人は呆気を取られたように彼を見た。琢磨はしどろもどろになりながら言った。
「その……お姉さん。祐一さん、確かに3年も帰ってなかったみたいですけど! ……これからはもっと帰ってくるつもり、なんじゃないでしょうか!」
「……そうなの?」
姉が怪訝そうに祐一を見た。祐一は一瞬きょとんとしたが、すぐに雰囲気を察したか、渋々と答えた。
「まあ……うん。そんな感じだよ」
「本当でしょうね」
「……親父のこととかさ、別に俺もなんとも思ってないわけじゃねえよ。ただ、宮地くんもいたからさ」
「……」
琢磨は恐る恐る様子を窺う。坂田家の問題など、当然彼は何も知らない。ただ姉の怒りの原因は、3年という時間にあるように見えた。
胃の立てるキリキリした音が脳裏に響く。……やがて姉は、やはりわざとらしくため息を吐くと、気まずそうに言った。
「……分かったよ。……あんた全然帰ってこないしさ。それに最後に見たの、ちょうど、こう、変だった頃でしょ? ずっと心配してたんだよ」
(……変?)
琢磨は聞き咎める。祐一は素直に頭を下げた。
「心配掛けたのは、ごめん」
「いいよ。姉ちゃんだから」
姉はバツが悪そうに琢磨を見た。
「……宮地くんも、巻き込んじゃってごめんね?」
「あ、いえ……」
じゃあね。姉は一度片手を上げて家へと帰っていく。気まずい雰囲気だけを残して。
……やがて祐一が歩き出すと、琢磨も無言でそのあとを追った。
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