第6話

 朝から祐一の田舎に向かう。そう告げられ、出発したのが10時。電車を乗り継ぎ、新幹線で3駅。そこからさらに乗り換え、バスに乗り、また電車に乗り――着いた頃には既に、15時を過ぎていた。


「到着……ですか?」


 琢磨は祐一に尋ねた。


「ああ。後はバスと徒歩だけでいい」


「そ、そうですか」


 琢磨はため息をつく。幸運にも自由席で座れたが、合間合間に徒歩移動が挟まるからか、意外に疲労が溜まっていた。祐一は呆れたように尋ねた。


「……寝れたんだろ? 昨日は」


「寝れましたけど」


「十分じゃないか」


「そうですけど、その。ちょっと慣れない感じで」


 琢磨は正直に言った。ここまで長距離の移動など、修学旅行ですらなかった。祐一は遠くの山を見て、唸った。


「うーん……」


「……まだ長い感じですか?」


「ああ。あ、でも……そうだ、ちょっと待ってくれ」


 祐一はそう言うと、返事も待たずに去っていった。琢磨はそれを目で追った。少し離れたところで電話を始めてるのが見えた。


 手持ち無沙汰となり、ロータリーの景色を眺める。背の低いビルがまばらに立ち並ぶ、どっちつかずの田舎町。どこか琢磨の実家がある町と似たものを感じる。


「……」


 不意に、抱えていた疑問が浮かぶ。坂田さんはどうしてこうも手を尽くしてくれるのだろう? 人の存在が掛かっているから、そう言ってしまえば単純だ。だけど、僅かな社会経験からも分かる。人はそう単純には動けない。


 講義をサボり、バイトを休み、高い切符代を払って田舎に帰る。それを即座に決め、実行に移した。夜中に部屋を訪れたのもそうだ。よっぽど思い切りがよくなければ……


「あれ?」


 ふと、琢磨は視線に気づく。知らないおばあさんだ。彼女は一度バツが悪そうに視線を逸らしたが、結局こっちに歩いてきた。


「こんにちは」


「あ、こ、こんにちは」


 琢磨は大いに戸惑った。まさか話しかけてくるとは。おばあさんは苦笑した。


「ごめんね、じっと見てちゃって」


「あ、いえ……」


「あなた、ゆうちゃんのお友達? 都会の」


「え」


 友達、という関係性ではない。お隣さんくらいの距離感だ。それをそのまま伝えるわけにも行かず、琢磨は茶を濁した。


「まあ……そんな感じです。あなたは?」


「ゆうちゃんの田舎のばあさんよ。どうしたの急にお友達連れてきて。大学まだあるんじゃないの?」


「あ、そ、その辺は御本人に聞かれた方が……」


「都会の人は義理堅いのねえ!」


 おばあさんは愉快そうに笑う。琢磨は戸惑った。


「えと……」


「ほら、さっきから見てたでしょ。まさかって思ったのよぉ。でも、違ったらって思うでしょ? そしたら行っちゃって、それで目が合ってね?」


「ええ、ええ」


 ちらりと祐一に視線を送る。まだ話し中らしい。


「どう? ちゃんとやれてる?」


「や、やれてると思います」


「良かったわぁ、心配してたのよ。お盆もお正月も全然帰ってこないし。引きずられちゃったのかって」


「引き……ずる?」


「ああ!?」


 琢磨は振り返った。祐一が慌てて駆け寄って来ていた。


「鈴木のばあちゃん、どうして?」


「通院よぉ。あれから急に腰が悪くなっちゃって」


「え。……大丈夫なの?」


「まだまだ平気よ。いいこともあったしね」


 鈴木さんは嬉しそうに微笑んだ。祐一は気まずそうに頭を掻いた。


「あー……うん。ずっと帰ってこれなくて悪かったよ」


「このまま帰るのよね?」


「うん、姉ちゃんが迎えに来てくれるって」


「まあまあ。忙しいのにねぇ」


「俺だって忙しいよ……」


 二人はぺちゃくちゃと楽しそうに話す。琢磨はすることもなく、景色に視線を走らせた。やがて鈴木さんは去ると、祐一が言った。


「あー……ごめんな。えっと、こっから実家までは徒歩は無しだ。姉が車で来てくれる」


「おお」


 それは素直に嬉しい。だが、それより気になることがある。


「あの……ちょっといいですか?」


「ん?」


「えっと……何かあったんですか?」


「……何かって?」


「その、つまり……」


 琢磨は頭の中で質問文を作ろうとした。でも、うまくまとまらない。


「そう、帰ってこなかったのとか」


「忙しくってさ」


「それだけじゃなくて、その……」


「お、あれかな」


 祐一はこちらに向かっている白い軽自動車を指さした。


「ちょうど麓に降りてきてたってさ。タイミングが良かったよ」


「そ、そうですか」


 切っ掛けを見失い、次の言葉が出てこない。もやもやしたものを抱えたまま、琢磨は車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る