第5話

 昨年の冬。ぐつぐつ煮える鴨鍋を挟み、琢磨と三咲はこたつに足を突っ込んで向かい合っていた。


「メリークリスマース!」


 三咲がグラスを掲げた。


「……クリスマース」


 琢磨は一応合わせた。シャンメリーのグラスがぶつかり、カチンと軽い音が鳴った。三咲は一口飲んでから言った。


「テンション低いね、琢磨」


「……まあな」


 グラスをそのまま置くと、三咲が互いの器に鍋をよそう。琢磨はぼうっと見ていた。女子と過ごすクリスマス。初めての経験だ。なのにちっとも、ワクワクしない。


「はぁ……」


 三咲は少し意外そうに琢磨を見た。


「……ひょっとしてまだ引きずってる? 先輩さんのこと」


「うるさいな」


「初めての告白だったから?」


「……なんで知ってんだよ」


「女の勘」


「勘かよ」


「うん」


 三咲があっさり頷く。よくもまあ、こうも人の傷を弄くり回せるものだ。琢磨は鴨肉を口に運ぶ。


「……わかるもんなのか?」


「態度に出てたからね」


 クリスマスの少し前。朝からあからさまに緊張する琢磨の、その後を三咲はつけていたらしい。


「ありゃ振られるな、って見てて思ったよ」


 あはは、と愉快そうに笑う。琢磨は顔をしかめた。彼は一呼吸して、気を落ち着かせてから尋ねた。


「……なんでそう思ったんだ?」


「ん? ああ」


 三咲は頬に人差し指を当て、記憶を手繰るような仕草をした。


「……何ていうかさ、熱意がなくって」


「熱意?」


 琢磨はムッとして言い返した。


「熱意がなきゃ告白なんて」


「そうじゃなくてさ、こう。先輩さんに対する熱意だよ」


「え?」


「なかったでしょ?」


「ないわけあるかよ」


「本当に?」


 三咲は真顔で言った。琢磨は面食らった。


「いや、だって、そりゃ。……告白したんだぞ」


「……」


 三咲は何も答えない。嫌な間を挟んで、彼女は続けた。


「琢磨は何を引きずってるの?」


「何って、そりゃ」


「そりゃ?」


 告白に。……琢磨は口まで上った言葉を引っ込めた。さっきからずっと、同じことしか言えていない。


 琢磨はもやもやを拭い去るようにシャンメリーを飲んだ。三咲は何も問わなかった。やがて彼は、静かに口に出した。


「……熱意がなかったから、か」


「ある方が嫌ってこともあるけどねー」


 三咲は事も無げに言った。


「……オイ」


 三咲はくすくす笑った。


「それでいいよ。正解なんてないんだよ。相手の価値観なんだから」


「……相手の、価値観」


 琢磨は静かに思い返す。彼女が欲しかった。だから先輩に。……それって逆なんじゃないか? 好きだから告白するんだろ。一緒にいたいから。一緒にいて楽しいから――


 ふと、琢磨は顔を上げた。湯気の向こうに三咲の顔があった。……目線が合う。しばしの無言の後、三咲はにっこり笑い、言った。


「私は嫌かな」


「……俺の価値観で考えてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 琢磨は頬杖をついた。顔は可愛くても、こういうところが可愛くない。繊細なくせに無神経。真剣に見せて適当で。人の好意を拒絶して、なのにどこか、嬉しそうで。……それを憎めない自分もいる。

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