裏の仕事は卵売り
烏川 ハル
裏の仕事は卵売り
真鍮製のドアベルがカランと鳴り響き、入り口の扉が開く。
いつもより大きな音に感じられたのは、店内に俺一人しかいないせいだろう。
グラス磨きの手を止めて、顔を上げる。
口からは反射的に「いらっしゃいませ」が出そうになるが、入ってきた人影を見て、俺は言葉を飲み込んだ。
「なんだ、ジョーか。まあ、座れよ」
「『なんだ』とは
反抗的な口ぶりで返しながらも、彼は俺が目で示した通りに、素直にカウンター席に腰を下ろした。
「注文は? いつものやつでいいのか?」
「ああ、頼む」
ジョーが頷くのを見て、俺はカクテル作りに取り掛かる。
アルコールは苦手なので、ジョーが飲めるのはノンアルコールのカクテルだけ。その中でも彼のお気に入りは、レモンとオレンジがメインの『フロリダ』と呼ばれるカクテルだった。
ここは繁華街の裏通りにあるバーで、初老のマスターが経営している。
ただしマスターは毎日店に顔を出すわけではなく、雇われバーテンダーの俺が一人で切り盛りする日も多い。今日も「任せたぞ」の電話一本で、マスターが来ないのは確定していた。
「ほら、できたぞ。いつものやつだ」
逆三角形のグラスをジョーの前に置くと、彼は早速、黄色い液体に口をつける。
ゴクリと半分ほど飲み干して、満足そうな笑顔を見せた。
「うん、旨いな。何度飲んでも驚くぜ」
「まあな。俺のバーテンダーとしての腕前、マスターにも『見込みあるぞ』って言われたくらいだからな」
誇らしげな俺の言葉に対して、ジョーは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「いや、だけど……。バーテンダーのスキルなんて上達させても意味ないだろ? しょせん隠れ蓑なんだからさ」
確かに彼の言う通り、俺にとってバーテンダーは
「それで、どうだ? 本業の方も上手くいってるのか?」
「ああ、大丈夫。今期もきちんと
と、俺が胸を張って答えると、
「そうか、ちょっと羨ましいぜ。俺の方は、なかなかノルマに達しなくてなあ。だからといって、下手なバラまき
ジョーの表情が暗くなる。
裏の仕事に関しては、いわばジョーは同業者。今日は愚痴を吐き出しに来たというよりも、むしろ俺からコツを聞き出したくて来たのかもしれない。
ならば少しくらいは、何かアドバイスを与えてやるべきかもしれないが……。
――――――――――――
ドアベルのカランという音に、俺もジョーもハッとする。
入り口の扉に視線を向ければ、新たな来客は、薄汚い上着を羽織った若者。こけた頬や窪んだ目など、見るからに不健康そうな顔立ちだった。
ヨロヨロとおぼつかない足取りで、こちらへ向かってくる。
「いらっしゃいませ」
外見はともかく、客ならばそれ相応の対応をするべきだろう。
愛想笑いを浮かべながら、俺は歓迎の挨拶を口にしたのだが……。
若者は俺の前まで来て立ち止まると、カウンター席には座ろうともせず、そこに両手を突いた前のめりな姿勢で、俺に話しかけてきた。
「あんた、ここのバーテンダーだよな? この店のバーテンダーに頼めば、例のクスリ、売ってもらえるって聞いて来たんだけど……」
「はあ? いったい何の話でしょうか?」
ちらりとジョーに目をやりながら、俺は困った顔を作ってみせる。
どうやら今の今まで視界に入っていなかったようだが、俺の視線の動きからようやく、この場に第三者がいることに若者も気づいたらしい。
「ああ、すいません。ええっと……。確か合言葉は『カクテルは百薬の長ですね』だったかな?」
「おいおい。先に『合言葉は』とか言っちゃダメだろ」
ジョーが小声でツッコミを入れるが、若者の耳には聞こえなかったらしい。
俺は頷きながら、了解の意味でこちらも合言葉を口にする。
「『ええ、適量ならば』。では注文の品、今お持ちしますから、ちょっと待ってくださいね」
品物を取ってくるために、いったん奥へ引っ込んで……。
――――――――――――
「これ、粉にして鼻から吸引するタイプじゃなく、そのまま経口摂取するタイプですから。くれぐれも割ったりせず、きちんと丸飲みしてくださいよ」
注意事項を伝えながら錠剤のシートを手渡すと、大事そうに握り締めながら若者は帰っていく。
彼が店から出るのを見届けた後、目を丸くしたジョーが、こちらに向き直った。
「驚いたぜ。お前、ヤクの密売なんてやってるのか? バーテンダーとか本業とかの
「そんなわけないだろ。勘違いするなよ、ジョー」
ニヤリと笑いながら、彼の言葉を遮る。
「まあ『ヤクの密売』みたいに見えるだろうが、今のが本業さ。その手のクスリに見せかけて、例の卵をバラまいてるんだから」
俺やジョーの仕事は、寄生生物の卵をこの
ジョーが先ほど「下手なバラまき
地球は辺境の惑星だからまだ銀河連邦には所属していないが、それでも宇宙警察の監視区域には入っているし、俺たちの仕事は違法行為に相当するのだ。
寄生生物と宿主の共生は本来、Win-Winの関係であり、俺たちが扱う卵の場合も、一応は宿主側にメリットが生じる。特殊な脳内物質が分泌されて快感や興奮を感じたり、それが良い刺激となって身体能力まで向上したりするらしい。
しかし、しょせん異なる星系の生き物同士であり、上手く適合しない場合も多い。卵そのものは大丈夫でも、宿主側の地球人は死んでしまうケースだ。
その場合、宇宙から持ち込まれた生き物のせいで地球人が死んだのだから、宇宙警察が
――――――――――――
「どうだい、上手いやり方だろ? 卵植え付ける相手、こっちから探さずとも、向こうから喜んで買いに来てくれるんだぜ。単なる違法ドラッグだと思ってさ」
奇術師の種明かしみたいに、少し誇らしげな気持ちでジョーに説明する。
「まあ快感や興奮に繋がるんだから、それっぽい効果はあるわけだしな」
「だけど、それじゃ無差別に配ってるのと同じじゃないか。適合性も見ずに植え付けて回ったら、結構な数が死んでしまうだろ……?」
ジョーは心配そうな顔を見せた。
俺の身を案じてくれているようだが、おそらくそれだけではないだろう。俺が宇宙警察に目を付けられた場合、近隣の同業者であるジョーにも捜査の手が伸びると恐れているのだ。
「安心しろ、ジョー。俺のやり方なら、たとえ死人が出ても『警察』は出てこないぜ」
「えっ、どういう意味だ?」
「ほら、この
「いや『よくある話』といっても、それも一応、この
「そう、あくまでも『この
地球には「木を隠すなら森の中」「手紙を隠すなら手紙の中」とか「死体を隠すなら死体の山。なければ死体の山を用意しろ」といった言い回しがあるらしい。それを少し真似て、俺は次のように言い切った。
「……『不審死を隠すなら不審死の中』ってことさ」
(「裏の仕事は卵売り」完)
裏の仕事は卵売り 烏川 ハル @haru_karasugawa
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