第2話



「楽っ、ごはんできたってば!!」


「ん? え、もうそんな時間なのか……?」



 軽いつもりのロケハン作業が長引いていたらしい……気づけば時計は夕方六時を示していて……、部活を終えたまきのが既におれの家にいる。


 いつきたんだ?

 インターホン……は、鳴らすわけないか。おれたちの仲だし。


「楽ー!」

「はいはい、今いくから」


 親の声よりも聞いたまきのの声に呼ばれてリビングへ向かう。


 良い匂いだった……まきのの注文通り、今日はハンバーグである。

 目玉焼きが乗っかった……まきのの大好物だった。


 いやまあおれも好きだけど、小学生の好物って感じだよな……。


 既に席についていたまきのが視線で、「早くはやく」と訴えてくる。

 分かったすぐに座るから……まずは手を洗わせてくれ。


 ――稲成(いなり)まきの。

 自慢の幼馴染は長い黒髪を、毎回のように編んできている。

 時間がかかるだろうに、しかも朝と放課後に練習でプールに入るのだ。その時に髪型も崩れるはずだが、毎回、ちゃんと復元している……。女子ってすげえと思う。


 薄いメイクも残っているから、やっぱり手間を使ってしてるんだよな? ……はー、男子とは違う世界で生きているんだなあ、と考える。

 まじまじとまきのを見てしまっていたらしい。

 まきのが「なによ、」と呟いて顔を逸らした。


「こら、見惚れてるんじゃないの」

「ごめんごめん」


 母さんのからかいには乗らないことだな。


「見惚れてごめんな、まきの」

「見惚れていいけど……見惚れて?」


「うんうん見惚れてた。今はハンバーグに見惚れてる」

「ハンバーグと同列に見ないでくれる?」


 自分の好物にひどいことを言う女だった……ともかく。


 おれたちは両手を合わせて「いただきます」と――


 昔から続く、幼馴染だからこその光景だった。



 夕飯後、部屋でゲームをしているとノックもなく扉が開いた。


 ……配信中だったらどうするんだよ……その時はちゃんと言うけどさあ。

 もうちょっと頭を使……、って、まきのに言っても仕方ないか。


「楽……まーたゲームしてる……勉強もしないとダメだからね?」


「おれより成績が上になってから言ってくれ。まきのこそ、ちゃんと勉強しろよ? 水の中を泳いでばかりじゃなくてさ」


「こっちは部活だし! 楽のゲームはさ……将来には繋がらないでしょ?」


「いや、水泳も似たようなものじゃないか? あ、でもプロ選手になれば稼げる……のか? それを言い出したらゲームだってプロゲーマーがいるし……同じことだろうな」


「プロゲーマーは安定して稼げないじゃん」


「水泳だって……ええい、これ以上は言っても仕方ねえって。お互い、相手の好きなもののことに詳しくないんだから。……だけど、おれはもう稼いでる。配信で、収益とスパチャでさ。さっきのハンバーグだって、食材はおれが稼いだお金で買ってきたんだぞ?」


「……あーいえばこーいうよね」


 むすっと顔でまきのがおれの椅子を蹴ってくる。やめろ。


「仕掛けてきたのはそっちだろ」


 ――と、険悪な雰囲気だが、慣れてしまえばどうってことない。友人はおろおろし出すが、もしもこの場に家族がいればなんの反応もしないだろう。それだけ、見慣れた光景なのだ。


「……そんなんだから目が悪くなるんだよ。このダサメガネ男」


「視力が悪くてかけてるメガネじゃないんだけどな。若干、レンズがオレンジ色だろ? これ、ブルーライトをカットしてるんだよ。おかげで目が疲れない。現代人が悩む眼精疲労を、おれは大半をカットしてるわけだ」


「それをかけなくちゃいけないことをしてるってことでしょ? やっぱりゲームは毒なんじゃない……っ」


 まきのはゲームを嫌っている……、その理由は、たぶん苦手だからだ。

 昔、ゲームでボコボコにしすぎたという自覚がある。

 もしも、幼いおれに接待プレイができていれば……。


 それはそれで、まきのも怒るだろうから避けられなかったのかもしれないな。


「毒じゃないって……苦手だからって毛嫌いするのは違うと思うぞ。ゲームに罪はないんだしさ」


 まきののゲーム下手は昔からだ。おれが丁寧に教えても上達しなかった。昔は、まきのだって興味津々にゲームしてたはずなんだけど……。

 考えれば考えるほど、おれが手加減をしなかったのが悪いっぽいな……あと、下手をバカにしてた。そのせいで、まきのは……。


 ま、しーらない。

 オールジャンル苦手なまきのでも、それでも比べれば得意な方に入るのが、コントローラーを振って遊ぶ体感スポーツゲームだ。

 ゲームが苦手な層でも直感的に操作できるのだから、まきのでもできるのは普通なのだけど……、言わぬが花だぜ。


「もう苦手じゃない! 友達の家で練習したりしてマシになったんだからっ……上手くなったと思うわよ」


「へえ。じゃあ対戦してみるか? デザートにシュークリームがあったと思うが……それを賭けて対戦してみようぜ」


「う……。でも、それは食べたいし……」

「いや、取らねえよ。まきのが勝ったら、おれのシュークリームをそのままやる」

「ほんと!?」


 今日一番の笑顔だった。

 近年では見られなかった満面の笑みがまさかシュークリームで出てくるとは……。

 ちょっと複雑な気分だ。


「……ほんとだよ。ただし、おれが勝ったらもうゲームのことを悪く言うなよ。嫌いだからって、おれが好きなものを悪く言われるのは、嫌な気持ちになるしさ」


「……言ってない。悪くなんて言ってないよ」


「そうだったか? まあ、ともかく、否定的なことを言わないでくれ。おれにとっては自信がついた、大事な武器なんだ。今はこれで稼げてるんだし……もしもゲームの神様がいたなら、聞いてたら可哀そうだろ?」


「…………分かったわよ。ゲームのことをとやかく言うことはしないわ」


「そうしてくれ」



 ――その後。


 体感スポーツゲームを筆頭に、レースや格闘、音ゲー、タイムアタックなどハンデを付けて対戦したものの……やっぱり昔と変わらず全ておれの勝ちだった。


 負けず嫌いのまきのは、意地になって「今日はここに泊まっていく!」と叫んだが……母さんに止められていた。幼馴染とは言え、線引きはあるらしい。


 まきのは……口では苦手だ嫌いだと言いながらも、ちゃんと諦めずに再戦するのだから、もうゲームのこと好きだろ、としか思えなかった。


「――次は、勝つっ!」


「おう、いつでも受けて立つよ」



 隣の部屋までまきのを送り届け、自宅へ引き返す。

 母親はヘッドホンをしてマッサージチェアに座りまったりとしていた。


 去年、おれがあげたマッサージチェアがちゃんと動いているなら安心だな。


 冷蔵庫から、どこのメーカーなんだ? と気になる怪しげな炭酸飲料を手に取って自室へ戻る。――さて、ゲーム配信で今日も稼ぎますかね。




 自室を開けるとまきのがいた。


 くるくると、椅子に座って回転している。


「…………え? お前、どうやって……?」


 窓の外から戻ってきた……? できないことはないけど、ここ九階だぞ?



「いいえ。私はお隣の稲成まきのではありません。

 彼女のアバター、容姿設定を借りただけですよ」



 見た目はまきのだが、その顔に生気がなかった。瞳の色も薄暗くなっている。

 顔色も悪く、ゾンビ……もしくは粘土で作って色を塗っただけの人形のようだった。


 感情が乏しい……ものの、回転する椅子は気に入っている様子だ。

 少しだけ、足をぶらぶらとさせている。


「――止まれ」


 回転を止める。

 と、ちょっとだけ唇を尖らせた。


「……私はゲームの神様、と言えばよいのでしょうか。私の渾身の出来であるゲームを解いたのは、あなたが初めてでしたよ。脱帽の所業です」


「ゲームの、神様……?」





 … つづく

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