ゲーマー オブ オーバー
渡貫とゐち
第1話
「ふう、こんなもんか……」
叔父さんから貰ったダウンロードソフトをクリアした。
特にこれと言ったエンディング画面もない古いゲームである。
マウスでぽちぽちと、空欄に数字を埋めていく地味だがハマると何時間も熱中してしまうゲームだった。寝食を忘れてひたすらにやってたなあ、と自分の体力に若干引くぜ。
久しぶりに首を回すとボキボキと不安になるような音が響いた。だが気持ちいい……。
背中も伸ばし、固まった筋肉をほぐしていく。
「ぜんぶ、で、一万問もあったのか……何日徹夜したんだ……? さすがにやりすぎたなあ……」
部屋の惨状を見る。エナジードリンクがあちこちに転がっていた。これだけ飲んでも今は目がしぱしぱする……今なら背もたれに体重を預けたら眠れる自信があった。
「これ、追加コンテンツとかあったりするのか……いやないか。あってもよさそうだけどな。公式サイトは……そう言えば見つからなかったんだっけ? 古すぎてないのか、同人ゲームなのか……叔父さんも言ってなかったからなあ……ふあぁあ」
あくびが止まらなかった。どれだけ空気を吸えば気が済むんだ?
まあ、追加コンテンツがなくとも構わない。
ない方が嬉しいぜ。あったら困るってものだった。
ぶっ通しで一万問を既に解いている。さらにまた一万問があります、と言われたら……ここまで続けてきた手前、意地でもまた解きたくなる。
しかし気持ちがあっても体力はもう限界だ、今度こそぶっ倒れるだろうな……。
今だけは、追加コンテンツがなくて助かった。
「クリアした、ってことを、叔父さんに報告、は……あとでいいや。とにかく寝たい、寝る、んが、」
画面が暗転した。
それを機に、おれの意識もブラックアウトする――――
…
…
暗転した画面に映ったメッセージ。
『世界滅亡のスイッチが押されました』
そのメッセージを、彼――天才ゲーマーこと
…
…
ゲーム配信者は稼げる。と言っても、じゃあ素人が始めればあっという間に稼げるかと言えばもちろんそんなわけがねえ。
どんなに楽そうに見えてもそこには努力と才能が必要だ。おれだって――努力をしている。才能は、磨いたんだ。持ってるものそのままを出したわけじゃない。
最古から最新まで、大作から同人まで数多のゲームをプレイしている。学生という肩書きが邪魔になるくらいには、時間がねえ。
学校で勉強した後は家でひたすらゲームをプレイしている……、網羅ゲーマー、とも呼ばれているらしいが……ゲーマーなら網羅するんじゃないか?
格闘、レース、RPG、横スクロールや3Dアクションまでなんでもだ。
もちろん恋愛シミュレーションもクリア済みである。
唯一、音ゲーだけは苦手だが、それでも上位ランキングには食い込める実力ではある。……センス以外で勝負をすれば苦手でも記録を残すことはできるんだよ。
高校二年の秋だった。
長かった夏休みも終わり、学校も始まってからしばらく。後に文化祭を控えているが、今はまだ通常通りの授業である。
おれはと言えばなにも変わらない。ゲーム漬け生活だった。
幸せだぁ。ゲーム配信のスパチャで稼いでいることもあり、懐が潤っていると心にも余裕ができるもんなんだなあ、と視野が広がるぜ。
放課後の校舎内。自販機でブラックコーヒーを買う。強がって飲んでる内に普通に飲めるようになったのだ。
ぱしゅ、とプルタブを開けて飲んでいると、片手に収まっていたスマホが震えた。
「ん、母さんからか……」
――用事ができた。
缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れる。「ナイシュっ」と自分で褒めて、移動する。放課後なので部活動中の生徒の声が聞こえてくる。まだまだ暑いのによくランニングするよなあ、と校庭にいる野球部を横目で見ながら。
目的の場所へ向かうことにした。
――水泳部、である。
これは偶然だが、今は女子しかいなかった。
「…………」
「あれ? なによ楽ー、覗きなのー?」
「覗きというか、”まきの”を探してたんだよ。”まどか”おばさんがさ、今日は帰るの遅くなるからうちで夕飯を食べさせてもらえ、だってさ。で、おれの母さんから――なにか食べたいものはあるか、って質問がきてる。どうする?」
覗き、なんて不穏なことを言うのはやめてくれ。おれは堂々と正面から用事があると言って入ってきたんだから。
他の部活中のやつみたいに足下の窓から覗いてたわけじゃない。今だって……ほらっ、あそこっ、覗いてる!!
ランニングからはずれてきた一年生か?
「こら一年!」
「っ、ごめんなさい!!」
「まったくもー……まあ、わたしのこのプロモーションに誘惑されるのは仕方ないわよね。なんたって、水も滴る、いー女だもの」
「プロポーションな。ある意味プロモーションだけど」
水も滴るいー女(笑)。確かに。
「……ばかにしてるでしょ」
「いつものことじゃん、いまさら怒るなよ」
「いつも!? のこと!?!?」
「気づいてなかったバカがここにいるんだけどー!!」
冗談で水泳部全体に響くように叫んでやったら、まきのがおれの膝の裏をかっくん、と――不意打ちで堪え切れず、まきのの足下で頭を垂れることになってしまった……。
「屈辱だ……っ」
「あぁ、愉悦……さい、っこぉ……!」
「(ねえ、あれって付き合ってるの?)」
「(家が……マンションの部屋が隣同士の幼馴染らしいよ)」
ひそひそと内緒話をされているのが聞こえてきた。
三年と二年はもう知っているけど、一年はまだまだ知らない生徒も多いのだろうな。一年生はひそひそ、二年と三年はひゅーひゅーだった。囃し立てるな。
おれと何年間も幼馴染をしているくせに、まきのはこういう時の耐性がなさすぎる。
滴る水が熱湯になるくらいに顔を真っ赤にさせ、後ろの水泳部員たちに怒鳴る。……おいおい、先輩も混じってるだろ……?
「うるさいわよあんたら!!」
「ちなみに、風呂なら一緒に入ったことあるぞ。小さい頃の話じゃねえ、中学生の時だ」
「楽!?」
周りのひゅーがきゃーになった。……この状況できゃーはやめてくれ。手元のタブレットで仕事中の女性顧問が顔を上げておれを睨んでるからさ……。
「楽……どういうつもり……? これは、もしかして外堀を埋めてわたしを口説こうとしてるわけ……?」
「え、口説く必要ないじゃん」
たぶん、お互いに一言があれば関係性は進展するだろうけど、おれもまきのも言わないから今のままなのだ。
それでいいとお互いに思っているし、進むことで変わってしまうことがあることを知っている……それが怖いと感じている……だから、このままなのだ。
まきのはおれの言わんとしていることを察して、長い黒髪を犬みたいに頭を振って乾かした。……わぷ、水が飛んでくる……。
「わたしの水を浴びれるんだから感謝しなさいよ」
「そこまで変態じゃねえよ」
「ふーん。……じゃあさっきの返事だけど、ハンバーグね」
「? ……ああ、夕飯のリクエストか……いいぞ。上に乗っけるのは目玉焼きでいいよな? お前、好きだもんな」
「……うん、好き」
もじもじしながら言うまきのは、面白がってるな……おれにではなく、周りへのアピールだろう。
実際、周りはきゃーと、悲鳴がさっきよりも多くなっている。
顧問の先生が立ち上がったので、おれもそろそろ用事を済ませて出ないとな。
いつまでも水泳部の時間を奪うわけにもいかないし(おれだって時間があるわけじゃないんだ)。
「で、まきのは何時くらいにうちにくるんだ?」
「えっと、部活終わりに……最速で夕方六時かな……?」
「分かった」
それじゃ後で、とお互いに挨拶が被る。扉をノックするようにお互いに拳を当てて――昔からのノリだった。幼馴染のノリってやつだ。
「じゃあな」
と最後に言うと、まきのがプールに飛び込んだ。
ばしゃあ!! と音と水飛沫を上げる。沈んだまきのが水面を突き破って顔を出した。
……水を被ると雰囲気が変わるな……なんだか、ミステリアスな感じだ。
水の中だと美人……。陸の上だと口うるさい寮のおばちゃんみたいになるのはどうしてなんだろうな。おれにだけか? ありがたいけどさ……。
心配してくれている、ってのは分かる。分かってるんだが……、正論は人を傷つけるんだ。
「楽!!」
「ん?」
「ゲームはほどほどに!」
「…………おう」
無下にしたくはないが、そうも言ってられないんだよな……。
ほどほどに、だとすぐに人気が落ちてしまう。
今の立ち位置を維持するにはほどほどじゃあ、ダメなのだ。
他の配信者と違って過激路線は求められていない。なら、技術を磨いて魅せるしかないのだ。あとは、時間を使ってたくさん見せること――それがおれ流の配信だ。
室内プール場から出て、荷物を回収しに教室へ向かってから帰るか。
まきのは夕方六時って言ってたよな……じゃあそれまではゲームできるか。
配信ではなく、配信用のロケハンである……さすがに初見で生配信は怖いからな。
ネタを見せてしまって申し訳ないが、ゲーム配信ってのは台本があるのだぜ?
… つづく
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