12話「嵐のよるに」
体育祭が終わり、シャワーで汗を流した俺は、リビングのソファにぐったりと腰を下ろした。
テーブルの上には昼に食べたお弁当箱が、まだそのまま残っている。
唐揚げや卵焼きの香りが少し残っていて、懐かしい空気が漂っていた。
「……片付け、まだだったのか」
思わずつぶやくと、キッチンのほうから小さな声が返ってきた。
「ごめんね、白狼。疲れて寝ちゃってて……」
顔をのぞかせたのは月猫だった。いつものきりっと結んだ髪ではなく、ゆるく下ろした姿。パジャマ姿の彼女は、学校で見せるクールな雰囲気とはまるで違う。
「いや、無理もないよ。今日は一日中出ずっぱりだったし」
「……でも、せっかくのお弁当だから、残りを一緒に食べよ?」
そう言って月猫は俺の隣に座り、弁当箱を開ける。昼の彩りは薄れていたけれど、彼女が作った料理だと思うと、不思議と温かさを感じる。
「ほら、あーん」
「は? いいって、自分で食べるから」
「むぅ……体育祭、頑張ったご褒美」
差し出された卵焼きを渋々受け取る。冷めていても、しっかり味が染みていて美味しかった。
「……やっぱうまいな」
「ふふっ、でしょ?」
嬉しそうに笑う彼女を見て、俺まで顔が緩んでしまった。
二人で残りを食べ終えると、片付けに取りかかる。並んで台所に立つと、手と手が時々触れ合い、そのたびに月猫が小さく笑う。
「なに笑ってんだよ」
「だって……こういうの、なんだか楽しいから」
「片付けが?」
「うん。白狼と一緒にできることなら、なんでも」
さらっと言われ、胸が熱くなる。スポンジを渡す手が少し震えた。
「……なあ、学校じゃ絶対そんなこと言わないよな」
「当たり前でしょ。学校ではクールな私でいなきゃ」
「じゃあ、今のは……」
「白狼限定。……ここでは、甘えさせて」
彼女は俺の袖をちょこんと掴んだ。その仕草はあまりにも子どもっぽくて、思わず笑ってしまう。
「お前な……ギャップありすぎだろ」
「むぅ、笑わないでよ」
ぷいっと頬を膨らませる月猫。だがすぐに視線を戻し、少し真剣な顔になる。
「ねえ、今日の体育祭……すごく楽しかった」
「そうだな」
「でもね、楽しかったのは競技じゃなくて」
「……?」
「白狼と一緒にいられたから、だよ」
心臓が跳ねた。真っ直ぐに向けられる言葉に、どう返していいのか分からない。
「……そんなこと言われたら、困るだろ」
「困らせたくて言ってるんだもん」
彼女はくすりと笑い、俺の肩に頭を預けてきた。
シンクの明かりの下、二人きりの時間。冷たい水音と、月猫の小さな吐息だけが耳に届く。
寄り添う彼女を拒めるはずもなく、俺はただ、隣に立ち続けた。
片付けが終わってリビングに戻ると、月猫はソファにごろんと転がり、俺の腕を枕にして目を閉じた。
「……おい、重い」
「いいでしょ。……今日くらいは甘えてたいの」
「はぁ……仕方ねえな」
あきれながらも、その温もりを感じて悪い気はしなかった。
学校でのクールな月猫。家でだけ見せる甘えん坊な月猫。
――その両方を知っているのは、きっと俺だけだ。
そのまま夜は静かに更けていった。
クールな義姉が実は甘えん坊すぎて困るんだが!? 陽華 @kazuabyss
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