11話「体育祭の日」
春の陽光が校庭を照らす中、熊本市内の高校では年度初めの体育祭が始まろうとしていた。青空は澄み渡り、微かな風が白い雲を運ぶ。
白狼は教室でクラスメイトと談笑しながらも、視線は自然と応援席にいる月猫へ向かっていた。
月猫は女子の応援団として整列していた。
黒髪をまとめ、姿勢を正し、指示を出す彼女の姿は、まるで校庭の空気さえ締め付けるかのように凛としていた。
手足の動きは正確で、誰もが見とれるほど美しい。
その凛々しい佇まいとは裏腹に、家では甘えん坊な月猫を知っている白狼にとって、このギャップは刺激的すぎた。
「すげ……やっぱり月猫、学校でもカッコいいな」
肩を叩かれ、振り返ると熊野大吾がニヤついていた。
「なあ、白狼、お前、何ニヤニヤしてんだんよ」
「……うるさい」
白狼は無言で視線を再び月猫に戻す。家で抱きついてくる月猫と、校庭で指示を出す月猫。
同一人物とは思えないほどのクールさだった。
午前の徒競走では、白狼はクラスメイトと息を合わせ、全力で駆け抜けた。綱引きでも力を合わせ、クラスの勝利に貢献する。
いつも通りのモブとして過ごしていた。
急に女子の声が聞こえてくる。
「大変!誰か!」
月猫と組む予定だったペアの生徒が怪我をしてしまった。
月猫が不安そうな顔をしながら月猫が俺を見る・
「え……俺?」
家で見る甘い顔が、白狼へ覗き込む。その顔には微かな期待も混じっているようだった。
「……ああ」
二人はスタートラインに並ぶ。最初は歩幅が合わずぎこちないが、白狼が「左足合わせろ」と声をかけると、月猫は小さく頷いた。
互いに手を握り、少しずつ息が合い、笑い声と歓声の中を進む。
ゴールするころには、ぎこちなさは消え、自然と肩が触れ合う距離になっていた。
一位こそ取れなかったが、何かを得られたよう気がした。
昼休み、月猫は自作のお弁当を差し出した。
「白狼、食べてみて」
カラフルな彩りの弁当は香りも豊かで、白狼は箸を取って一口食べた。
「……うまい」
「でしょ?」
その言葉に白狼は顔を背け、心臓が高鳴るのを感じた。
家で見せる甘えん坊な一面と、この時の表情が重なる。
午後の障害物競走では、白狼に課せられたお題は「大切な人♡」と書かれていた。
「実行委員何やってんだ」とため息をついた。
迷わず月猫を呼んだ。
「家族だからな」
その一言で月猫は頬を赤くし、息を整えながらも小さく微笑む。
二人は互いに励まし合い、障害を乗り越えていく。
教室では見せない柔らかい表情を垣間見せ、白狼は胸を熱くした。
そして最後は対抗リレー。バトンを受け取り、白狼は全力で走る。
月猫は応援席で冷静に声を出し、戦略を指示する。クールな表情と冷徹な眼差しに、自然と心が引き締まる。
ゴール後、月猫は軽く手を振り、白狼に微笑んだ。その笑顔は誰もが振り返るほど輝いていた。
一日を通して、白狼と月猫の距離は少しずつ縮まった。
学校ではクールで孤高な美少女、家では甘えん坊の義姉。
その二面性を知る白狼にとって、今日の体育祭は特別な一日となった。
青空に浮かぶ雲を見上げながら、白狼は小さく息をつく。
家に帰れば、月猫はまた甘えん坊に戻る。けれど、その距離感の変化が、白狼の胸をさらに高鳴らせていた。
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