10話「体育祭は波瀾万丈」

春の光が降り注ぐ放課後、教室にはざわざわとした空気が漂っていた。


「よーし、今日はいよいよ体育祭の種目を決めるぞ!」


担任の先生の声に、生徒たちは身を乗り出す。

白狼こと天城白狼も、机に肘をつきつつ、やや気が重い。


「まずは、クラス対抗リレーからだな」

熊野大吾が嬉しそうに手を叩く。

「俺、絶対アンカーやるからな!」

「無理だろ、お前の足じゃ」

「ちょっと待て、俺も出るんだぞ!」


クラス全体が笑い声と雑談で盛り上がる。


その視線の先には、月猫が座っていた。

窓際に静かに腰掛け、長い黒髪を背中に流す。

「……リレーは戦略が大事よ。無作為に選んでも意味がない」

普段の学校で見せる冷徹な視線そのままに、淡々と告げる。

声は低く、クールで、まるでクラスの空気を一瞬で締める魔法のようだった。

「おお、月猫さんの意見、参考になるな!」

大吾が目を輝かせる。


「ま、戦略って言ってもさ、誰をアンカーにするかってだけだろ?」

白狼は内心で眉をひそめる。

――昨日の家での甘えん坊月猫と、学校のクール月猫は、同一人物とは到底思えない。


「白狼、あなたどうするの?」

突然、月猫がちらりと俺を見た。

「俺は……走るのは苦手だから、補助とか?」

「補助も立派な戦略よ」

微かに微笑む月猫に、俺は胸がざわつく。

クラスメイトの犬飼や羽依がそれぞれ意見を出す中、熊野大吾は黙って手を挙げる。

「よし、男子は俺と白狼で組んでリレー練習な!」

「え、俺と?」

「お前、家で料理ばっかやってる場合じゃねぇぞ!」

「……無理だって」

大吾は肩を叩いて笑う。無邪気すぎて、少し苛立つ。

「じゃあ、次は障害物競走だな」


先生が話を進める。

「徒競走だけじゃつまらないだろ?」

「え、どうやって決めるの?」

月猫はノートを取り出し、静かに作戦を書き始める。

「クラスの中で得意不得意を把握して、種目ごとに最適な人材を割り当てるの」

その言葉に、大吾も「おお、なるほど!」と目を輝かせる。

教室では、ジャンケンで決めるべきか、意見を集めて決めるべきかで、男子女子が入り混じり議論が白熱する。

「やっぱりリレーのアンカーは俺だ!」

「いや、私はあの子を入れるべきだと思う」

「誰だよ?」

「月猫さんだよ」

「ええっ……クラス全員、絶句」

月猫は目を細め、何事もなかったかのようにノートに書き込む。

「……別に、希望者がいるなら構わないわ」

その冷静な態度と声の低さに、クラス全員が一瞬息をのむ。


――学校の月猫はやはり別次元の美少女だ。


「白狼、どう思う?」

突然、月猫が視線をこちらに向ける。

「え、俺?」

「戦略上、君の意見も参考になる」

微かに微笑む彼女に、俺は思わず赤面する。

――家では甘えてくるのに、学校では頼れるクールな月猫。

議論は続き、徒競走、障害物、玉入れ、綱引き、リレーの順で種目が決まっていく。

大吾は「絶対勝つぞ!」と大声で盛り上げ、男子も女子も互いに笑顔を見せる。

「ねえ、白狼」

月猫が小さく囁く。

「昨日のカレー、美味しかった。だから、体育祭のお弁当、楽しみにしてる」

「……お、おう」

俺はなんとか答える。胸が熱くなる。


窓の外、夕陽が熊本の街をオレンジ色に染めていた。

校庭で行われる体育祭の種目決めは、単なる運動会の準備ではない。

クラスの団結、月猫との距離感、そして少しドキドキする甘い日常の伏線――すべてが、この瞬間に静かに交錯している。

その夜、家に帰れば月猫はまた、甘えん坊の義姉に戻る。

「……白狼、明日もよろしくね」


彼女の小さな肩が、そっと俺の腕に触れる。

――学校ではクール、家では甘えん坊。

体育祭の一日が、二人の関係を少しずつ変えていくのを、俺はまだ知らなかった。

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