6話「嵐襲来」

翌朝。


俺―天城白狼は、食卓でトーストをかじりながら昨夜の出来事を反芻していた。

(……あれ、本当に夢じゃなかったよな?)


隣に座る義姉・花咲月猫は、長い髪をまとめもせずに淡々と牛乳を飲んでいる。

その姿は、昨夜「ひとりが怖い」と甘えて袖を掴んできた子とまるで別人だ。

「なあ……昨日のこと、覚えてる?」


恐る恐る声をかけると、月猫はパンを置き、氷のような瞳をこちらに向けた。

「……何の話?」

「いや、夜に――」

「しっ」


人差し指で口を塞がれる。

その一瞬の鋭さに、心臓が跳ねた。

「家でのことは家でだけ。学校では関係ない」

短く告げると、さっさと食器を片づけに立ち上がる。

(お、おう……完全に切り替えてる……)


俺は牛乳を一気に飲み干し、ため息をついた。

教室に入った瞬間、月猫は視線を独占した。

彼女が席につくだけで、空気が張り詰める。


男子も女子も目を奪われ、誰もが「遠い存在だ」と悟る。

(いや、家じゃあんなに……ギャップ、デカすぎるだろ……)

俺が机に突っ伏した時、横からドスッと背中を叩かれた。

「おーい、天城! お前、なんか元気ねーな!」

振り返ると、クラスのムードメーカー・熊野大吾が満面の笑みを浮かべていた。

スポーツ刈りに快活な声。


笑えば周囲が明るくなる、そんなやつだ。

「まさか、花咲さんに一目惚れとか~?」

「は!? ちげーよ!」

「おーいみんなー! 天城、朝から花咲さんにトキめいてまーす!」

わざとらしく叫ぶと、周りが笑いに包まれる。

女子から「やめなよ大吾ー!」と突っ込まれてもお構いなし。

「ちょ、大吾! ほんとやめろって!」

俺が慌てて押さえつけるが、大吾はニヤニヤが止まらない。

「だってさ~。あんな完璧美人が転校してきたんだぜ? 男なら誰だって気になるって!」


そう言って、今度は堂々と月猫の方を振り返った。

「なあ、花咲さん!」

静寂が落ちる。


教室中が「大吾、マジかよ」という顔で固まった。

だが月猫は微動だにせず、冷ややかな視線を返す。

「……何?」

「オレ、熊野大吾!困ったことあったら頼ってくれよな!」

「……覚えておく」

それだけのやりとりで、大吾は満足そうに親指を立てた。

「よーし! これでオレと花咲さんは友達ってわけだ!」

「いや、どこがだよ!」


俺がツッコむと、教室にまた笑いが広がった。

だが月猫の表情は一切変わらない。

その冷徹さが、逆に「手強い相手」として大吾をさらに燃えさせているようだった。

(おいおい……お前、簡単に突っかかるなよ……)

4限目を終え、昼休み。


俺が弁当を広げようとすると、大吾がドカッと隣に座ってきた。

「なあ天城。お前さ、やっぱ花咲さんとどっかで会ったことあんだろ?」

「なっ、なんでだよ!」

「いや、なんかさ、昨日からお前の様子おかしいんだよな~」

大吾は弁当をかき込みながらニヤニヤと俺を見てくる。

完全に“何か隠してるだろ”という目だ。


「俺は……別に!」

必死に否定するが、内心は焦りっぱなしだった。

その時。

ふと視線を上げると、月猫と目が合った。

昼食を一人で静かにとっていた彼女が、わずかにこちらを見やったのだ。

だがすぐに視線をそらし、再び無表情に食事を続ける。

(……バレたら終わる)

俺は心の中で頭を抱えた。


時間が経ち放課後へ。

昇降口を出たところで、大吾が肩を組んできた。

「なあ天城。花咲さんと一緒に帰れたら面白いのにな~」

「お前なあ……」

その瞬間、背後から小さな声がした。

「……一緒に帰ろ」

振り返ると、月猫が立っていた。

学校では氷の仮面を被り続けていた彼女が、今は頬をわずかに赤らめている。

「白狼くん……今日は寄り道して帰ろ?」

「はぁ!? お、お前……」

大吾がぽかんと口を開けた。

「お、おい天城……。お前、やっぱ知り合いどころか……」

「ち、違っ……!」

慌てる俺をよそに、月猫は小さく笑った。

「行こ?」

その一言に、俺は観念して頷くしかなかった。


背後からは、大吾の爆笑が聞こえてくる。

「うっははは! やっぱり天城、お前なんかあるんだろー!」

横に並ぶ月猫の甘えた笑みと、背後で大声で騒ぐ大吾。


二人に挟まれて、俺の平穏な日常はますます遠のいていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る