4話「クールな彼女」
教室に夕陽が差し込み、窓際の机を赤く染めていた。始業式を終えての放課後、転校生である花咲月猫を囲んで、再度、クラスの輪ができていた。
クラスでの自己紹介では端的に「花咲月猫です。よろしく」としか言わなかったのに、その凛とした声と落ち着いた立ち振る舞いは、既にクラスの視線を独り占めしている。
「ねえねえ、東京から来たんでしょ? 芸能人とか見たことある?」
「彼氏とか、いる?」
「好きな芸能人は?」
「趣味は? 部活は?」
矢継ぎ早に飛ぶ質問にも、月猫は表情を崩さず、一つひとつ短く答えていった。
「芸能人は、よく見かけるけど……」
「彼氏はいない」
「好きな芸能人も特に。趣味は読書」
必要最低限。それ以上は語らない。
それでも、彼女の放つ落ち着きと自信に満ちた雰囲気に、周囲はますます惹き込まれていった。
「大人っぽいな……」
「同い年なのに、なんか雰囲気が違う」
囁き声が、あちこちから聞こえる。
俺は、またしても少し離れた席からその光景を眺めていた。
(この間の段ボールに埋もれてたやつと、同一人物か……?)
先日の彼女を思い出して、思わず苦笑する。猫みたいに慌てて赤くなっていた姿を、ここにいる誰も想像できないだろう。
そんなときだった。クラスの中心でいわゆる陽キャ・一軍って呼ばれる男子が、月猫の机に手をついた。
「なあ花咲さん、LINE交換しようぜ。友達になろうよ」
軽口を叩きながら、しつこくスマホを差し出す。周囲の空気が一瞬固まった。普通なら笑って流すところだが、月猫は違った。
「……断るわ」
短い言葉。
けれども目を逸らさず、澄んだ瞳で相手を真っ直ぐに見つめる。
その凛とした態度に、男子は気圧されて「あ、ああ……」と曖昧に笑い、ごまかすように引き下がった。
「うわ……かっけぇ」
「普通、あんなにはっきり言えないよな」
「さすが東京から来た子は違う」
一気にざわめきが広がり、月猫の評価はさらに上がった。
だが、当の本人は涼しい顔をして、窓の外に視線を移している。まるで「騒がないで」とでも言うように。
(ほんと、猫だな……)
俺は心の中でつぶやく。周りを寄せつけないようでいて、ふとした瞬間に隙を見せる。その気まぐれさが、逆に惹きつけてしまうのだろう。
「……ねえ、天城くん」
そんな俺の名前を、不意に月猫が呼んだ。
「え?」
「さっきから笑ってた。何がおかしいの?」
周囲の視線が一斉に俺に向く。しまったと思いながらも、俺は肩をすくめた。
「いや……ただ、この前、段ボールに埋もれてたからさ。別人みたいだなって」
「っ……!」
月猫の表情が一瞬だけ赤く染まる。だがすぐに視線を逸らし、また窓の外を見た。
「……忘れなさい」
それだけ言って、彼女は再び口を閉ざした。
クラスメイトたちは気づかない。
月猫が、クールな仮面の下にときどき見せる「普通の女の子」の顔を。
そして俺だけが、その横顔を見て胸の奥がわずかにざわつくのだった。
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