3話「学校生活の始まり」

始業式の朝。新しい制服に袖を通した月猫は、相変わらず凛とした佇まいで体育館の壇上に立っていた。


「花咲月猫です。東京から来ました。よろしくお願いします」

 澄んだ声がマイクを通して響くと、体育館の空気が一瞬で張り詰めた。

 男子は息を呑み、女子はざわめき、教師たちすらも頷き合う。


 ただ自己紹介をしただけなのに月猫は、もうこの学校の中心に立っていた。

 その光景を眺めながら、俺は複雑な気持ちを抱えていた。

 家では段ボールに埋もれて情けない姿を見せていた月猫が、ここではまるで別人。


 しかも彼女の名字は「花咲」のままだから、俺との家族関係は当然誰にも知られていない。


 式が終わり、体育館から教室に戻る途中、男子数人が俺に声をかけてきた。

「なあなあ、あの転校生、すげー美人じゃね? オーラあるし」

「速攻話しかけに行こうぜ!」

 すでに月猫の話題で男子は盛り上がっていた。

 本当は一緒に暮らす義姉なのに。ここでは言えない。

 少し背徳感もありつつ、少し嬉しかった。

そして迎えた昼休み。


 教室の窓際の席に座った月猫の周りには、もう自然と人だかりができていた。

「月猫さんって東京からなんだ! いいなぁ~」

「髪サラサラだね、どこの美容室行ってるの?」

「ねえ、今度みんなで駅前のカフェ行かない?」


 男子も女子も関係なく、月猫に話しかけている。

 当の本人は、少し戸惑いながらも、クールに答えていた。

 俺はそんな光景を少し離れた席から見ていた。

 別に心配なんかしていない。ただ……胸の奥がざわざわする。

 昨日まで、段ボールに埋もれて拗ねていた月猫が、今は皆の視線を独り占めしている。


 たかが昼休み、たかが挨拶。それだけなのに、彼女はもう“特別な存在”になっていた。

「……なあ、白狼」

 隣の席の友人が小声で囁いた。

「お前、あの転校生とちょっと喋ったりしないのか? 同じクラスだし、男子にとっちゃ羨ましすぎるぞ」

「別に、興味ない」

 無意識に吐き出した言葉は、我ながら素っ気なかった。

 けれど、俺の目は月猫から離せなかった。

 ふと、その視線に気づいたのか──月猫がこちらを見た。


 一瞬だけ目が合う。


 彼女は何も言わず、ほんのわずかに口元を緩めた。

 誰にも気づかれないような、ささやかな笑み。

 俺の胸のざわめきは、さらに大きくなる。


 義姉と義弟。


 同じ家に住んでいることを、誰も知らない。


 だからこそ、俺たちはここで“赤の他人”として振る舞わなければならない。

 だけど──。

 その秘密が、これからの日常に、どんな波を立てていくのだろうか。

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