1話「再婚の日」

春休みの昼下がり、俺こと天城白狼あまぎしろうは、いつも通りゲームのコントローラーを握っていた。


 静かな自室。母を亡くしてから十年近く、家には父と俺の二人だけだった。平穏で、退屈なくらいの日常。


 しかし、その静けさは一瞬で破られた。


「白狼、話がある」


 リビングから父の声がする。振り返ると、父はいつもより真剣な表情をしている。

 そして次の言葉に、俺は思わず息をのんだ。

「父さん、再婚することになった」

 は? 頭が真っ白になった。十年近くも二人で暮らしてきたのに、唐突すぎる。

 しかも、相手は誰だ?全くの検討がつかない。

 「改め言うぞ、父さんは再婚することになった。相手は東京に住んでいた人で――」


 その瞬間、?しか浮かばなかった。東京? どういうことだ。正直、冗談だと思いたかったが、現実だった。


 数日後、東京から引っ越してきたのは、父の再婚相手 花咲千鶴はなさきちづる と、彼女の娘 花咲月猫はなさきるな だった。


 玄関を開けた瞬間、千鶴さんは柔らかい微笑みで頭を下げた。


「はじめまして、白狼くん。今日からよろしくお願いします」

 清楚で品のある笑顔。見るからに優しい人柄が伝わってくる。

 だが、俺の目を引いたのは、千鶴さんの後ろに控える少女―月猫だった。

 長い黒髪、切れ長の瞳、そして落ち着いた口調。学校で見かけたら誰が注目すること間違いない美少女だが、どこか冷たく、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。

「……花咲 月猫です。二年生、同じ学年です。よろしくお願いします」

 クールに名乗る彼女。強がっているようにも見える態度に感じたが耳がかすかに赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。


 その瞬間、胸の奥がざわついた。


 父は笑いながら二人を紹介し、千鶴さんも場を和ませてくれた。

 それでも月猫はほとんど無表情で、そっけない態度のままだった。

 その夜、夕食を終え、父と千鶴さんが後片付けに台所へ向かう。

 俺は自室で、窓の外に沈む夕陽をぼんやり見つめていた。

 ――新しい家族。


 義母と義姉。


 どちらも、まだ俺にとっては遠い存在。

 そんなとき、控えめなノックの音。


「……白狼くん、起きてる?」

 振り返ると、月猫がドアを少しだけ開けて立っていた。

 昼間のクールな印象はどこへやら。小さく肩を震わせ、瞳をそらしている。

「……今日から家族になるんだし、一応、挨拶しておこうと思って」

「挨拶?」


「うん。改めて、これからよろしくね、白狼くん」

 彼女は一歩だけ部屋に入り、視線を床に落とす。

「私、人前では強がっちゃうんだけど……二人きりのときくらいは、少し甘えてもいい?」


「ん?」その声に、胸が熱くなる。普段は強がっている義姉の弱さ。

 小さな体を俺の肩に預け、震える月猫。


 ――この子と過ごす日々は、ただの家族だけでは終わらない――


 春の夜風がカーテンを揺らし、遠くで雷が光る。

 新しい家族と、新しい日常――そして少し不思議な関係の物語が、静かに幕を開けたのだった。

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