第2話 安倍家の総会


 授業を再開するということで見学席に戻ると、クラスメイトの親友二人が出迎えてくれた。


「緋月お疲れー」

「お疲れ様ですぅ」


 ポニーテールの快活なスポーツ少女風の子が佐々木ささきつばめで、間延びした声の物理的にも物腰的にも柔らかなおっとり系女子が宮本みやもと茉莉花まりか――私の親友たちである。

 そしてなんと! 燕はあの剣豪として有名な佐々木小次郎の末裔で、茉莉花はそのライバル宮本武蔵の末裔なのである!

 かつてライバル同士だった小次郎と武蔵の末裔が、今ではこうして親友になっている。

 彼女たちを見たら小次郎と武蔵はなんて言うかな……。


「今日も緋月してたね!」

「一日一緋月を見ないとぉ最近落ち着かなくなってきましたよぉ」

「うぃっす。お疲れお疲れ。てか『緋月してる』ってどういうこと? 私の名前は動詞じゃないんだけど」


 問いかけても二人は何とも言えない温かい眼差しを向けるだけでちゃんと答えてくれない。

 酷い! イジメか!?


「あっ、そういえば燕、ナイス叫び声だったよ。助かった」

「あはは。あれくらいで緋月がケガすることはないってわかってるんだけど、咄嗟に叫んじゃった」

「いやー。ちょっと油断しちゃったねぇ~!」

『鍛錬不足だモン』

「たはー! シルさん辛辣ぅー!」


 胸ポケットからピョンと飛び出した銀色の毛並みのハムスターが手にストンと着地した。

 そしてマイペースに毛づくろいを始める。とっても可愛い。


「まっ、精神干渉はちょっと厄介だけど、二人なら簡単に祓えるでしょ」

「いやまあ、祓うだけなら簡単だよ? でも……」

「術式を使って祓うとなるとぉ面倒なんですよねぇ」


 私のクラスメイトということは、燕も茉莉花もFクラスということになる。

 つまり成績下位組ってわけだ。

 妖魔は呪力や霊力を使えば祓うことができる。極論、私がやったように呪力を纏った拳でぶん殴るだけでも倒せるのだ。


 だけど現在は陰陽術の術式を使って妖魔を祓う授業中。


 術式とは、料理でいうレシピ本のようなもの。レシピ本どおりに作っていくと、誰でも同じ味付けの料理が出来上がるように、術式を用いた陰陽術は、誰が使っても同じ術が発動する。

 多少威力や発動速度なんかの違いはあるけどね。そこはほら、火加減とか食材の違いって感じ。

 私は先天的に術式が使えない。レシピ本は理解できるけど、鍋と水しか持ってないイメージ。

 鍋と水でどうやって料理を作るねんって話でしょ?

 燕も茉莉花も土台はある。だけど、切る、焼くは得意でもレシピ本どおりに作っていくのが苦手なタイプ。

 確かにこの授業はちょっと苦戦するかもしれないなぁ。


「術式を使ってちまちま削るより細切れにしたほうが早いんだけどねー」

「ついイライラしてぇ蜂の巣にてやりたくなりますよぉ。ねぇ、シルちゃん?」


 私の親友たちは血の気が多い。特に茉莉花。

 二人は剣豪の末裔なのに剣の才能は無いらしい。燕が使用する武器は槍だし、茉莉花に至ってはマシンガンやガトリングなどの火器を好む。

 物腰柔らかでおっとりしているのに、茉莉花、恐ろしい子!

 いつか『茉莉花だけは怒らせちゃダメだね』って燕に言ったことがあるんだけど、『あんたが言うな!』って言われた。

 何故だ!? 解せぬ! 緋月ちゃんはこんなにも優しいのにっ!


「私も戦った気しなかったし、ストレス発散がてら明日妖魔狩りにでも行く? ちょうど呪いの素材を集めたかったんだよねー。明日土曜日だし行こうよ!」

「緋月、行けんの? 無理でしょ?」

「そうですよぉ。緋月ちゃんは予定があるはずですぅ」

「あれれー? 私、何か予定入れてたっけ? シルさん覚えてる?」

『ま~ったく覚えてないモン。そんなことより今日のオヤツはなんだモン?』

「チョコチップクッキー」

『モーン♡』


 くっ! 食いしん坊なハムちゃんめ。ダメ可愛いじゃないか。うりうり!

 時間を忘れるほどシルのぷにぷにぷよぷよほっぺを堪能して――


「ハッ!? 明日の予定の話だった!?」


 危ない危ない。危うく忘れるところだった。

 魅惑のぷにぷにぷよぷよほっぺに抗って、ちゃんと思い出せた私、偉い!


「ごめん、二人とも。私、何の予定を入れてたっけ。忘れちゃった!」


 燕と茉莉花は困惑した表情で顔を見合わせ、


「明日、安倍の一族の総会があるらしいよ」

「安倍家の分家の緋月ちゃんもぉ出席する必要があるのではぁ?」

「へぁ? 本家の総会? 私、そんなの聞いてない。シルさんは?」

『モン? チョコチップクッキーの話だモン?』

「ダメだこりゃ」


 今日のオヤツで頭がいっぱいなダメ可愛いシルは役に立たない。燕も茉莉花も安倍家とは関係ない家の出身だから詳しいことは知らないはず。

 この場で唯一知っているのは――。


「しもしも~。蒼陽ちゃん、ちょいと聞きたいことがあるんだけど」


 偶然にも見学席の前列に座っていた妹の蒼陽ちゃんの肩を叩く。

 蒼陽ちゃんに話しかけていたAクラスの子たちが、急に割り込んだ私をキッと睨んできた。


「Fクラスが火御門さんに気安く話しかけないでくれる!?」

「私たちが彼女と話してるの! 割り込んでこないで!」

「はいはい。あんたたちには話しかけてないから。姉妹の会話に割り込んでこないでもろて……で、蒼陽ちゃん蒼陽ちゃん」

「……なんですか?」


 眉間にクッと皺を寄せて不機嫌そうに振り返った私の妹。

 んもぅ! その目、ちょっとゾクゾクするじゃん! 目覚めちゃったらどうしてくれるの!?


「明日、安倍の本家で総会があるって本当?」

「……本当ですよ」

「マジかぁ~」

「……姉さんには17日前に言いました」

「マジかぁ~!」

「…………」

「ごめんて、蒼陽ちゃん!」


 冷めきった無言のジト目はやめない? 妹の非難するような眼差しにお姉ちゃんは弱いんだ。こう、罪悪感が……。


「てか私、あの人たちから教えてもらってないんだけど。もしかして、いつものやつ?」

「…………」


 コクリと頷くマイプリティーシスター。

 そっかそっかぁ。相変わらずクソだなぁ、は。

 私と蒼陽ちゃんの親は、娘を道具としか見ていない最低なクズどもである。

 早々に陰陽師の才能が無いと判明した私は、両親からいないものとして扱われ、非凡な才能を見せた蒼陽ちゃんは、可哀そうなくらい溺愛されている。

 今回の本家の総会も私に知らせず、連れて行かないつもりだったな? まあいいけどさ。堅苦しくて面倒くさいし。

 でも、本家の総会で出される料理やお菓子は美味しいんだよなぁ。毎回、それだけを楽しみにしている。


「総会の内容は? いつもと時期が違うよね?」

「……ご当主様の婚約者選びだそうです」

「てことは、一族の未婚女性を集めた大規模お見合いパーティーかぁ。うへぇー。めんどくさそー」


 当主の妻の座を狙う女同士の骨肉の争い……考えただけでも嫌になる。

 表面上は微笑みながら、水面下で凄惨で壮絶なキャットファイトが繰り広げられるのだ。絶対に。断言できる。

 決めた。私、絶対に行ーかないっ!

 即座に不参加を決め込むと、


「…………」

「あぁー……蒼陽ちゃん、お疲れ様です……」


 蒼陽ちゃんの目が死んでいた。珍しく生気を失って虚ろだ。

 野心家で権力に固執している我らが両親が、安倍家当主の婚約者選びと聞いて張り切らないはずがない。

 道理で蒼陽ちゃんがここ最近忙しそうにしていたわけだ。

 私がお菓子を食べて、漫画を読んで、ゲームで遊んでいる間に、着ていく洋服やアクセサリーの用意、メイクの仕方から全身のエステに至るまで、婚約者に選ばれるよう徹底的に仕込まれたはずだ。

 あの親のことだ。体重管理も徹底していることだろう。

 というか、安倍家当主って誰? 興味なさ過ぎて顔も名前も覚えてないんだけど。年齢は一体いくつよ?

 さすがに30歳とか40歳を過ぎてるとは思わないけど。


「愚痴くらいいつでも聞くからね。お願いされたら喜んであの人たちをぶん殴るし」

「……はい。でも、ぶん殴るなら自分で殴ります」

「ひゅ~! さっすが私の妹! やっちゃえやっちゃえ! ついでに家督を奪っちゃえ!」


 実際、陰陽師としての腕なら両親よりも蒼陽ちゃんのほうが圧倒的に上だ。

 もう成人もしたし、火御門家の当主の座を奪うくらいなんてことはない。

 でも、まだ蒼陽ちゃんは行動していない。そんな素振りすら見せていない。

 きっと機会を見計らっているのだろう。

 蒼陽ちゃんは根に持つタイプだからなぁ。両親は一体どんな目に遭うのやら。


「とりあえず知りたいことは知れたかな。ありがとね、蒼陽ちゃん」


 私は自分の席に座りなおして、


「ということだそうです。明日予定空いてるって!」

「総会に行かんのかーい!」

「本当に行かなくていいんですかぁ?」

「いいのいいの。だって絶対に選ばれないのに行く意味なくない? それに結婚するんだったら呪われた人がいい!」


 私、先天的に陰陽術を使えない体質だからねぇ。万が一子供に遺伝したら大騒ぎになっちゃう。

 それに行くって言ったら、両親が物凄く嫌な顔するだろうし。


「……待てよ? あの人たちに嫌がらせするって意味では行ってもいいかも。ご飯も美味しいし」


 蒼陽ちゃんをどこぞの馬の骨ともわからない男に嫁がせるわけにはいかないし、ついでに両親の企みを邪魔できる。

 どうせろくでもないことを考えているんだろうなぁ。

 基本的に本家の総会は1日で終わることはない。だから蒼陽ちゃんに夜這いで既成事実を作れって命令するとか、たぶんそんなところ。

 どう考えてもできるわけないのに。でもあの人たちは本当に馬鹿だからやりかねない。


「それに本家で管理している呪具をちょっと見せてもらえたりして! うひっ! うひひっ!」


 本家の安倍家は、日本で最も有名な大陰陽師『安倍晴明』の直系だ。1000年以上も血が絶えることなく、代々陰陽師を輩出してきた由緒ある家柄でもある。

 そんな歴史ある家にはたくさんのお宝――呪われた品々があるに決まってるでしょ!

 そんじょそこらでは見かけない、触れるだけで即死や悶死するような超危険な呪具の数々……一度でいいから見てみたい! この身で濃密な呪いの片鱗を味わいたい……!

 あぁ、我が愛しの呪いたちよ……! 私のことを待っているんだよね? それなら明日会いに行くから待っててね! うひひっ!


「あー、出た出た。いつものキモい発作笑い」

「緋月ちゃん、呪いオタクですからねぇ」

『もはや変態の領域だモン』


 みんな好き放題言いやがってぇ! そんなに褒めるなよぉ~! 照れるじゃん!


「よし、決めた! やっぱり本家に行ってくる! そしてタダ飯食べてくる!」


 そう宣言したら、親友たちが何故か呆れ顔でため息をついていた。


「緋月のことだから本家でも『緋月する』でしょ」

「絶対にご飯だけじゃ終わりませんよねぇ。『一日一緋月』をしますよねぇ」

「ご当主様に気に入られて婚約者に決まったりして!」

「シンデレラみたいな展開になるかもぉ」

「なにか忘れ物をしてご当主様が持ち主を捜す、みたいな? 緋月ならありそうなんだよなー。てかキスもありえそうじゃない?」

「うんうん。ありえますねぇ」


「――ねぇ二人とも。私のこと信じてるの? 信じてないの?」


「「もちろん信じてるよぉ~!」」


「わざとフラグを立てようとしてない?」


「「それはしてるぅー!」」


 おいコラ。ちょっと待てや。他人事だからって人のフラグを勝手に立てようとするんじゃない! 私たち、親友でしょ!? もし万が一、フラグを回収して困り果てる親友を見て楽しいか!?

 ……まあ、私が同じ立場なら、するな。メッチャ面白がって嬉々としてフラグ建築するわ。乱立しまくるわ。

 くっ! 類友だったかぁ……。


「まっ、さすがに大丈夫でしょ。今までに何回も本家に行ってるのに、そういうことは何一つ起こったことないし! それに最近は露骨にフラグを立てると逆にフラグが折れるから。大丈夫大丈夫! いざとなったら拳でフラグを粉砕してくるよ!」

『……それもフラグだモン』


 うるさいよ、シルさん!

 燕と茉莉花が立てたフラグはもう折れたの!

 フラグ回収なんて絶対にしないんだからぁー!


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2026年1月13日 06:00

千夜一夜添い寝物語 ~呪われ契約妻のおまじない~ ブリル・バーナード @Crohn

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