第3話 カゲロウが見たもの
その世界を覗くには特別な「鍵」が必要でした。
沈んだ太陽が再び顔を出し、夜と朝がとけあう、ほんの一瞬だけの「夜明け」。
その時、世界は薄い金色のベールに包まれ、時間の境界が揺らぐのです。雲を踏むような高みで、風が天のささやきを運ぶ場所。
二つのまじりあった瞬間が「芽吹きの世界」を覗く鍵でした。
カゲロウは地平線に囲まれた小高い丘にたどり着きました。
そこはみんなの場所から最も遠く、一番高い場所。
そして「夜明け」が訪れます。
カゲロウは夜明けの瞬間、再び「四角い枠」を作りました。枠の中には、『芽吹きの世界』が広がっていました。
噴水の水滴のように無数の未来が舞い上がり、太陽の光を浴びてきらめいています。どの水滴が現世に落ちるか定まらず、可能性が無限に揺らめく光景でした。
『芽吹きの世界』は、名もなき光の庭でした。太陽の最初の光を浴びて、まるで朝露のように触れれば形を変える儚い光。そっと風に揺れるたび、新しい未来が芽吹くような、優しいざわめきが響いていました。
だが、カゲロウが一つの水滴に触れようとした瞬間、その光は一筋の道に収束し始めました。
まるで未来が固定され、無数の可能性が消え去るかのように。
空気が重くなり、胸を締めつけるような冷たさがカゲロウを包みました。これは公園で見たことと同じ景色でした。
「これでは、未来が細くなってしまう」 カゲロウは手を止め、自分自身に、そして風に語りかけるように呟きました。
「本当の未来は、そっと見守るだけでよかったんだね。知ろうとして強く覗き込めば、光はまぶしさに耐えかねて、一筋の窮屈な道に縮まってしまうんだ。……そうだ、未来は『決まっていない』からこそ、誰もが描けるんだ」
カゲロウは、『芽吹きの世界』の光から目をそらさずにただ見つめました。
そして、指のフレームをそっと解きました。
すると、今までカチコチに凍りついていた「一筋の光の道」が、音もなく砕け散りました。
まるでガラスが割れるような清らかな響きを残して。その音を聞いた瞬間、カゲロウの胸にあった「こうでなければ」という重さが、すっと溶けていきました。
砕けた光の破片は、まるで魔法が解けたようにキラキラと輝き、空へと舞い上がります。自由を取り戻した光が天を駆け巡り、そよ風に導かれるように、くるくると回りながら。
世界が、ひと呼吸だけ静かになりました。
カゲロウが広げた両手の手のひらの上で、何万、何億という未来のしずくたちが、光のダンスを踊り始めました。
「そうか……。私が枠を作らなければ、未来はこんなにも広いんだ」
カゲロウは、あえて何も持ち帰らないことに決めました。
「決まった未来」ではなく、「決まっていない未来の揺らぎ」を子どもたちに届けようと。
「どんな明日でも、君たち自身で描けるように」
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