第11話:三位一体の旋律、機鋼を穿つ雷鳴


 銀色の繭が弾け、そこから現れたのは、美しくも禍々しい「死の女神」だった。機鋼蜘蛛神・シオトリン。重なり合ったシオンとシトリンの声が、多重録音されたノイズのように森に響き渡る。


『……壊す。すべてを切り裂き、美しい糸屑に変えてあげるわ』


 シオトリンが四本の副腕を振るうと、空中の「音の振動」さえもが鋭利な刃と化し、アラタたちを襲う。防戦一方のナギの水壁が、紙のように易々と切り裂かれた。


「ぐっ……!? この圧力、先ほどまでとは次元が違う!」


 ナギが膝をつく。アラタもまた、先ほど銀糸を素手で掴んだ代償で、右腕の感覚を失いかけていた。掌からは絶え間なく血が溢れ、意識が遠のきそうになる。


「……アラタ、もう見ておれぬぞ!」


 その時、アラタの肩に乗っていたワラシが、決死の表情で彼の頬に両手を添えた。


「わらわの幸運、全部持っていけ! ――因果転換・瑞兆(ずいちょう)!」


 ワラシの体から、眩いばかりの黄金の光が溢れ出す。それは単なる回復魔法ではない。アラタの細胞一つ一つに宿る「再生の可能性」を極限まで高め、未来の健康な状態を「今」へと引き寄せる、確率操作の奇跡。


 ジジジッ、と心地よい痺れが走り、アラタの裂けた肉が瞬時に塞がっていく。失われた血液が戻り、彼の修理槌が太陽のような熱を帯び始めた。


「ありがとう、ワラシ。……体が軽い。いや、それ以上だ。……みんなの声が、今まで以上に鮮明に聞こえる!」


 アラタは立ち上がり、右手に絡みついた「蜘蛛の神の糸」を、ミラとナギに向かって放った。


「ミラ、ナギ! 僕と繋がってくれ! 三人の音を一つに合わせるんだ!」


 銀糸が二人の胸元にそっと触れ、柔らかな光の帯となって結ばれる。その瞬間、ミラとナギは目を見開いた。


「何これ……アラタの心が、熱いくらいに流れ込んでくる……!」

「ふっ、不思議な感覚だ。貴殿の拍動が、私の魔力と完璧に重なり合っている……!」


 アラタを中心に、三人の波長が黄金の光となって螺旋を描く。これこそが、調律師アラタが見出した究極の対抗手段。


「行くよ、二人とも! ――連携奥義・天響雷鳴陣(てんきょうらいめいじん)!」


 三人が同時に地を蹴った。まず、ミラが翠色の閃光となってシオトリンの周囲を駆け抜ける。彼女の速度は糸による同期で極限まで高まり、シオトリンの放つ真空の刃を紙一重ですり抜けていく。


次に、ナギが天空へと跳ね上がり、三人の魔力を束ねた巨大な「高圧の水柱」を形成。それはもはや水ではなく、空間を圧し潰す蒼い質量兵器だった。


『バカな……! バラバラの神の力が、どうして反発せずに融合しているの!?』


 シオトリンが驚愕し、全ての腕をアラタへと向ける。だが、その中心でアラタは修理槌を天高く掲げていた。


「君たちが神様を『部品』として縛るなら、僕は神様と『心』で繋がる! ――響け、自由の音!」


 アラタの槌が、ナギが放った水柱の頂点を叩いた。


――カァァァァァァァァァァァンッ!!


 雷鳴のような一撃。調律によって純度を高められた水の力が、ミラの風を纏い、黄金の雷となってシオトリンへと降り注ぐ。


それは「破壊」ではなく、強引に合体させられた双子の肉体と、汚された蜘蛛の神を切り離すための「解呪」の衝撃波。


『あ、あ、あああああああッ!!』


 光が神殿の跡地を飲み込み、シオトリンの巨体が霧散していく。繋ぎ合わされていた銀糸は、優しい光の粒子となって森へと還り、静寂の森に初めて本物の、柔らかな風が吹き抜けた。


 爆煙が晴れる。そこには、元の姿に戻り、力なく横たわるシオンとシトリンの姿があった。彼女たちの瞳からは狂気が消え、ただの少女としての深い眠りに落ちていた。


「……終わったのか」


 ナギが肩で息をしながら呟く。ミラは静かにアラタの隣に立ち、繋がっていた銀糸が消えていくのを名残惜しそうに見つめていた。


「……アラタ、今の感覚、忘れないわ。貴方と一つになれたような、あの暖かい音……」


 アラタは微笑み、ワラシを優しく抱き上げた。ワラシは力を使い果たしたのか、アラタの腕の中でスースーと寝息を立てている。


 勝利の余韻。だが、アラタの視線の先には、すでに次なる目的地が見えていた。


遠く、北の空に微かに見える満開の輝き。そこには、桜の精霊サクヤが待つ『桜の森』がある。


 一行は、初めて手に入れた真の連携を胸に、再び歩み始める。機鋼帝国の影を払い、神々の歌を取り戻すための、長い、長い旅路を。



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