第6話:鋼の暴食者、神殿の断末魔
神殿を揺らしていた不快な高周波は止まった。だが、代わりにより重く、より禍々しい「震動」が足元から這い上がってきた。
「……逃げて、二人とも!」
ナギが蒼い光の角を明滅させながら鋭く叫ぶ 。神殿の奥、岩盤を噛み砕きながら迫っていたのは、機鋼帝国ゼノフィアの対神域殲滅兵器『機鋼大蜈蚣(きこうおおむかで)・グラ』だった 。
全長二十メートルを超える鋼鉄の怪物が、爆鳴と共に壁を弾き飛ばして姿を現す。その兵器の表面には無数の「呪印護符」が貼り付けられ、内部からは捕らえられた「大地の神」の無念な叫びが、黒い蒸気となって噴き出していた 。
「アラタ、あれはただの機械じゃない。神様の魂を磨り潰して、その怒りを動力に変えているんだ……!」
ナギの言葉を証明するように、グラの先端にある巨大なドリルが高速回転を始め、周囲の空気も、精霊さえも吸い込み、破壊エネルギーへと変換していく 。
「……聞こえる。あの中に閉じ込められた神様が、壊してくれって泣いてる」
アラタの修理槌が、グラの回転音に反応して激しく熱を帯びた 。
「ミラ、ナギ! あいつの動きを止めてくれ。……僕が中から調律する!」
「わかったわ!」
「承知した。貴殿の音を信じるしかないか!」
ナギが神殿の水を操り、超高圧の水弾で関節部を叩く。一方、ミラも自身の限界を超えて「草の神」の力を引き出し、強靭な蔓(つる)の鎖でグラの巨体を縛り上げようと猛然と伸びていく。
だが、グラは止まらない。全身のドリルを逆回転させ、ミラの蔦を切り刻み、ナギの水弾を熱い蒸気へと変えて蒸発させてしまう。反動で吹き飛ばされる二人。グラは一番の脅威――修理槌を持つアラタへと巨大な矛先を向けた。
死の旋律が眼前に迫る。巨大なドリルが唸りを上げ、アラタを肉片に変えようと振り下ろされた 。
「……そこだ!!」
アラタは逃げなかった。彼はドリルの隙間、一秒間に数千回繰り返されるピストン運動の、わずかコンマ数秒の「休符」を聴き取っていた。一歩踏み込み、ドリルの死角へと滑り込む。そして、動力炉の直上に渾身の力で修理槌を叩きつけた。
――カァァァァァァァァァァンッ!!
「調律」の波動がグラの駆動システムを上書きし、暴走していた神の怒りを沈静化させた。グラのドリルが停止し、装甲から琥珀色の光が溢れ出す。大地の神が解放されたのだ。だが、安堵する暇はなかった。大地の神が去り、支えを失った神殿全体の崩落が始まったのだ。
「まずい、ここが崩れるわ!」
ミラの叫びが響く中、三人は崩落する瓦礫の雨を駆け抜ける。しかし、脱出口の目前。地響きと共に、さらなる絶望がその行く手を阻むように現れた。
崩れゆく神殿の出口に差し掛かった時、空気が一変した。それまでの瓦礫の崩落音とは違う、獰猛な気配。
ズゥゥゥゥン……ズゥゥゥゥン……。
地響きと共に、焦げたゴムの臭いと濃密な獣の体臭が混じり合った悪臭が漂ってくる。暗闇の中から、赤く光る単眼のセンサーが現れた。
「ヒャハハッ! 見つけたぜぇ、脱走したペットちゃんと、その飼い主気取りのガキかぁ?」
姿を現したのは、全身が凶器の塊のような狼型サイボーグ、ガルフだった。
「……ガルフ! 研究所の番犬が、ここまで追ってきたの!?」
ミラの体が恐怖で微かに震える。ガルフは喉元のスピーカーを開放し、超低周波の咆哮「咆哮波(ハウル・ブラスト)」を放った。
「――ウォォォォォォォォォォォォォンッ!!!」
空間の霊的共鳴が掻き乱され、ミラとナギの動きが鎖に繋がれたように鈍る。
「ヒャハハ! 俺様の最新型ボディの前じゃ、テメェらなんざ錆びついたブリキ細工なんだよォ!」
ガルフの機鋼爪牙がキィィィン!という高周波音を立て、石畳をバターのように切り裂いた。ナギの水の刃も、ガルフの高熱装甲によって瞬時に蒸発させられてしまう。
「……そこだ」
咆哮の轟音の裏で、アラタは一人、ごく微細な「ノイズ」を聞き逃さなかった。 (……咆哮を出す瞬間。喉の装甲が開いて、内部の駆動音が変わる。熱を逃がすための、一瞬の隙!)
「ミラ、ナギ! あいつの喉だ! 咆哮を撃つ瞬間を狙って!」
アラタが囮(おとり)となってガルフの正面へ走り出す。ミラが翠色の残像となって膝関節を蹴り、ナギが水流の鎖でガルフの両腕を縛り上げた。
「グゥッ!? 小賢しい真似をォ!」
ガルフが邪魔者を吹き飛ばそうと、再び喉の装甲を開いた。咆哮が放たれる、コンマ一秒前。
アラタの修理槌が、開いた喉元の「音の核」へと突き刺さった。
――カァァァァァァァァァンッ!!!!!
「調律」の一撃により、体内で暴発したエネルギーが逆流し、ガルフの内部構造をズタズタに破壊していく。火花と黒煙を噴き出す鋼鉄の獣に、ミラとナギの追い打ちが炸裂した。
「これで、終わりよ!」
「我が渇き、その身で償え!」
爆発音と共にガルフはスクラップの山と化した。直後、神殿の崩壊が最終局面を迎える。三人はミラに抱えられ、ナギの水流に導かれて地上へと続く縦穴を駆け抜けた。
地上へと打ち上げられた三人の目に飛び込んできたのは、沈みゆく血のような夕日と、崩れ落ち土煙の中に消えていく自分たちの街だった。
「……僕たちの旅は、ここから始まるんだ」
朝日が三人の背中を照らす中、彼らは「逃亡者」としての長い旅路へと踏み出した。
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