第7話 時系列の捜査
実際に、
「俺には、二重人格的なところがある」
というのは、今から思えば、
「高校時代から感じていることだった」
というのであった。
高校時代というと、
「自分が今までで一番輝いていた時期だった」
ということで、思い出そうとすると、まるで昨日のことのように思い出せるのであった。
それを思えば、
「影に徹する」
ということも、
「俺だからできるのかも知れない」
と思ったということであった。
ここまでは、なかなか証言してくれる人もいなかったので、それ以降の時代に証言から、想像したものであったが、
「ほぼ間違いない」
ということだろうと、樋口刑事は考えていた。
刑事というのは、いろいろな人間と正対する必要がある。
特に犯罪者などが、そのほとんどだが、結構、
「二面性を持った人間」
というのが結構多かったかも知れない。
逆にいえば
「犯罪を犯すような人間」
というのは、
「二面性を持った人間が多いのではないか?」
ということと、
「その二面性の性格から犯罪計画を練ると、結構いい案が浮かぶ」
と考えた。
それは、
「犯罪者の気持ちにも、被害者の気持ちにもなれる」
ということで、
「被害者に同情しない」
という考えを持てば、
「被害者側の心理から、計画通りに犯罪を遂行せしめることが、可能となってくるだろう」
という思いがあったのかも知れない。
さらに、
「多面性を持っている」
ということになると、今度は、
「捜査する側の刑事の気持ちにも近づけるかも知れない」
というものであった。
実際に、構成員などやっていると、警察に眼をつけられているということもあって、
「理不尽な逮捕」
ということもあるだろう。
取調室で、刑事が尋問する時というのは、
「最初から、相手をやくざ」
ということで、
「ひるんではいけない」
と思っているからか、威喝の意味も込めて、
「相手を下に見る」
という態度をあからさまにしている。
しかし、片桐の場合は、
「本当に犯人としての逮捕」
ということではないような場合、警察からの威喝の尋問の際、
「こいつら、どうせこっちを下に見て、あまく見ている」
という感覚で見ていると、
「少々の威圧くらいは気にしない」
という余裕がもてるので、態度とすれば、
「相手の威喝に乗っている」
というふりをしながら、
「警察というのが、どういう時にどういう態度を取るか?」
ということを、自分で研究していたのだ。
だから、
「時々、わざと捕まる」
ということをしていた。
「前科が付く」
などというのは、そんなに気にすることはなかった。
ついた前科というのも、
「傷害」
であったり
「暴行」
などという、そこまでひどいものではないので、警察も、
「こいつは、どうせチンピラでしかない」
というくらいにしか考えていないことだろう。
それを思えば。
「逮捕されるうらいは、勉強だ」
と思えば別に気にならない。
兄貴分も、片桐の性格を分かっているので、黙っているのであった。
そんな片桐は、両面を持っているということで、組からは重宝された。
こんな男を、
「鉄砲玉」
であったり、
「身代わりに使う」
などというのは実にもったいないということも分かっていたことだろう。
そこで、目を付けたのが、
「裏の仕事人」
ということであった。
これに関しては。片桐としても、
「願ったり叶ったりだ」
と思っていた。
「裏の仕事は自分にふさわしい」
と思い始めていただけに、
「組幹部と利害が一致した」
ということであった。
特に、片桐は、
「口が堅い」
ということも目に留まった理由であり、なんといっても、
「片桐という男の独創的な発想は、影の仕事にうってつけだ」
ということであった。
しかも、その裏の仕事は、結構危ないということでもあったが、片桐の中での、
「勧善懲悪の精神」
というものに共鳴していた。
「組に入っていて勧善懲悪とは何事か?」
といわれるかも知れないが、
「片桐にとっての勧善懲悪というのは、他人の勧善懲悪というものとまったく違うのであった」
そう、彼の
「勧善懲悪」
というのは、
「懲悪の方に特化している」
ということであった。
つまり、
「悪を懲らしめることが、善を助けることになる」
という、本来の勧善懲悪の精神に、近いのかも知れないのであった。
それを、組とすれば、
「利用しよう」
と考えたのだ。
もちろん、片桐も、
「そこに自分の存在意義」
というものを見出したということであり、それが、片桐にとっての、
「一番の腕の見せ所だ」
ということであろう。
そんな片桐を、
「時系列に沿って調べる」
というのは、
「実に合理的だ」
ということであった。
なるほど、普通の捜査をしていれば、
「片桐が、影も行動をしていた」
ということが分かるかも知れないが、
「なぜそんな影に徹するようになったのか?」
という本当の理由が分からないだろう。
つまりは、
「片桐という人間の本質」
というものをとらえることができないということであり、それこそ、
「組織や片桐の思うつぼに嵌ってしまう」
といってもいいのではないだろうか?
「片桐という男の二面性の本質がどこにあるのか?」
これが今回の事件の
「肝と呼ばれる部分」
なのではないかと樋口刑事は考えるのであった。
ただ、彼は途中から、完全に影に徹することで、もう一つの一面を見ることができなくなった。
「なぜなんだ?」
と考えた時、ピンときたのが、
「なるほど、
「過去にさかのぼる」
という警察の一辺倒の捜査では、一生行きつくことのできないところにはまり込んでしまうのではないか?
という考えであった。
それはあくまでも、
「警察に捜査される」
ということを前提に考えることであって、そこまで組であったり、やつが考えていたとすれば、
「この時点で、警察は敵わないかも知れない」
と感じてしまうことになるだろう。
しかし、それを、逆に、
「時系列での捜査」
ということであれば、相手の二面性を掴みうことができる。
相手は。
「交わることのない平行線」
というものを描こうと画策しているのだろう。
だから、
「裏の部分」
というものを知られても、やつらとすればびくともしない。
なぜなら、
「肉を切らせて骨を断つ」
というような、ある意味、
「捨て身の戦法」
というものを考えているといってもいいだろう。
それが、樋口刑事の考えかたであり、それは、
「今回の事件で初めてやってみた」
ということではなく、
「今までにも何度も同じことをして、犯人側の裏の裏をかいてきた」
といってもいいだろう。
樋口刑事というのは、そういう部分に天才的な発想を持っているのだが、もちろん、
「もって生まれた」
という部分もあるだろうが、それだけではなく、
「桜井警部補と一緒に行動している」
ということで、実についたものだといってもいいだろう。
もっといえば、
「桜井警部補は、門倉警部を見ていて身についた」
ということで、彼らは皆。
「先輩の背中を見て、その極意を修得した」
といってもいいだろう。
その中でも、樋口刑事というのは、秀逸で、
「もって生まれた感性」
というものがあったということであった。
桜井警部補もそれをよく分かっていて、最初の頃から、門倉警部には、
「今度、骨のあるやつが入ってきました。ご期待ください」
ということを進言していたのだ。
それを思えば。
「今回の事件の画策というのは、上としても、願ったり叶ったりということで、最初から、樋口刑事に任せる」
というつもりでいたのだ。
それこそ、
「ツーカーの仲」
しっかりと証拠まで持ってきてくれると期待したのであった。
問題は、
「なぜ、今回。そんな組織としては、影の存在として重宝できる片桐が消されなければいけない」
ということなのかであった。
「組織に消された」
という考えが最初に浮かんでくるということで、
「調べが進めば、片桐の存在が、組にとって重要だ」
と分かるだろうから、
「組の可能性は低い」
と考えるだろう。
ただ、樋口刑事とすれば、
「自分と片桐は、立場こそ違え、影の役割を担うということで似てはいる」
しかし、同じ役割でも、
「命令するところが違うと、まったく別の見え方ができる」
というものだ。
組織とすれば、
「結局構成員は、捨て駒だ」
と思っていることであろう。
それこそ、
「鉄砲玉」
という認識で、
「やくざというものは、人ではなく組織」
ということである。
ただ、それは警察にも言えることで、表向きは、
「市民の生命と安全を守る」
ということがモットーであるが、絶対なのは、
「警察という組織の安定」
ということである。
そのためには、
「警察官の犠牲もやむなし」
と考えているのが、キャリアではないだろうか?
少なくとも警察には、
「キャリア組」
と、
「ノンキャリア組」
という、
「二つの人種が存在する」
といってもいいだろう。
それこそが、
「警察の闇」
というものの一つだといえるだろう。
樋口刑事は、今回の犯罪を、
「本当に動機が必要な犯罪だったのか?」
ということを考えていた。
殺害された被害者が、
「裏の実力者」
ということで、立場が違うだけで同じ立場だと最初は感じた。
確かにそうなので、
「俺なら分かるのではないか?」
と思ったが、捜査をしていくうちに、今度は却って分からなくなったのである。
しかも、その分からなくなったという考えかたとして、
「やはり、組織が違うからか?」
と思ったことで、今度は、それまで見ていた。
「組組織」
というものから、今度は自分が仕えている、
「警察組織」
というものに眼を向けることにしたのだ。
そうなると、
「警察組織」
というものが、本当は
「縦割り」
さらには、
「縄張り意識」
などという
「横割り」
という考えかたが出てきたと考えると、
「建前だけ違って。実際には、似たり寄ったりの世界ではないか?」
と考えるようになった。
逆にその考えから、
「組織を守るのが構成員であったり、警察署員の役割だ」
ということを考えれば、
「そのような組織であっても、守るという使命であれば、その理念やすべきことというのは、どちらにしても同じこと」
といえるのではないだろうか。
それでも、
「組織の考えていることが分からない」
ということになると、そこに、
「相手のことを思っていると、自分の方がおろそかになる」
という、いわゆる、
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
というような、ことになるだろう。
昔の人は、
「聖徳太子は、一度に10人の人の話を聞くことができた」
という逸話から、
「スーパースターとしても、聖徳太子」
というものを作ろうとしたが、それが、一種の
「教祖的立場」
というものであり、
「カリスマ」
というものであろう。
昔から、
「カリスマ性には定評がある」
と言われた片桐とでは、どうしても、臆してしまうという樋口刑事の考えも分からないでもないといっていいだろう。
樋口刑事は、それでも、
「片桐の気持ちを分かりたい」
ということで、
「裏と面」
という発想っから、今度は、
「組と警察」
というものに当てはめてみることにしたのだ。
ただ、どうしても、
「裏と面を一時に見ることはできない」
ということになる。
それこそ、
「太陽と月は、天体では共存しない」
ということであった。
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