第6話 光と影
せっかく、下足痕やタイヤ痕というものを発見していきながら、計画的な犯罪を立証できる証拠が出てこないどころか、動機を持った人間と思われる連中は、皆、アリバイが成立してしまったのだ。
こうなると、
「事件を頭から見ていくしかない」
ということになり、
「再度、現場を見に行く」
ということも必要になる。
通り魔的な犯罪ということで。どこか、
「耽美主義的な犯行」
というのが頭をよぎる。
被害者は、やくざの元構成員。実際に構成員をやっていた時は、かなり悪どいことをしたに違いない。
実際に、警察に捕まったのが数回であるが、実はその裏で、もっとひどいことをしていたのかも知れない。
それどころか、捕まったとされ、有罪が確定し、刑期を終えて帰ってきた事件の中には、
「やつがやった」
というわけではなく、
「誰かの身代わりになった」
という事件もあったのかも知れない。
それを思えば、
「被害者が、よく分からない人間なのだから、犯人も得体が知れない」
といってもいいだろう。
そういう意味では、
「尋常な方法では解決しない」
と思ってもいいかも知れない。
そう考えれば、確かに、
「通り魔殺人」
ということもあるかも知れないが、やはり。
「実際に動機があって、殺したいと思っている人が犯行に及んだ」
と考える方が正解だろう。
「この男が、どれだけの人間から恨まれていたのか?」
ということを考えると、果てしなく、いるかも知れない。
実際に、かつての犯罪歴を見たり、表に残っている調書などから見ると、なるほど、前述の三人なのかも知れないが、本当にそれだけという保証はない。
特に、この男はここ半年ほど、まったく表に出てきてはいない。それを考えると、犯人というのは、
「直近で恨みを持っていた」
といってもいいだろう。
「まずは、やつが表に出ていない間に何があったのかを探る必要がある。特に直近の半年くらいの間の被害者の足取りを徹底的に洗え」
というのが、捜査本部の考え方だった。
そんな中、樋口刑事だけが、一人別の視点から考えていた。
というのは、
「死体犯行現場がなぜ、あそこだったのか?」
ということである。
実際に、疑問に思った人がいなかったわけではないだろうが、
「死体発見をなるべく遅らせたい」
ということと、
「日頃からライトがついていて、明かりがついていても誰も疑わない」
ということ、もちろん、
「民家から少し離れている」
ということも、その理由にあっただろう。
あとは、
「廃工場なので、誰も来ない」
ということから、
「犯人が、死体を遺棄するにはちょうどいい」
ということなどを総合的に考えると、
「ここに死体を遺棄した」
ということも分からなくもないということになるだろう。
それを考えると、
「今回の事件における焦点の一つとして、死体発見現場に何かある」
という思いであった。
そうなってくると、気になるのが、第一発見者である、
「水谷良平」
という男だった。
もし、犯人が、死体発見現場にこだわったとすれば、
「第一発見者である水谷に、死体を発見させる」
というのも、犯行計画の中に入っていたということになるのではないだろうか?
実際にそうなのかどうかは別にして、樋口刑事は、水谷良平という男が、どこか気になるということであった。
樋口刑事は、水谷良平のことを調べてみた。
都心に本社がある、地元では大手の商社マンだった。年齢は、まだ30代前半ということで、会社の役職の、
「主任クラス」
ということであった。
ただ、何か悪いことでも起こさなければ、
「今期か来期に、係長に昇進する」
といわれていた。
彼の会社は、都心といっても、大都市というわけではない地元の商社ということで、それなりに大きな会社ではあるが、さすがに、全国に支店を持っている会社にかなうということはないだろう。
だが、バブル崩壊時期にも、何とか吸収合併されることもなく、生き残った会社だった。
もっとも、地元の小さな商社を吸収合併ということを行い、何とか延命処置には成功したと思っていたが、実際には、地元大手として、残すべき企業ということで、
「自治体や、商工会からも支援があったようで、
「今では、地元大手ということで、商工会議所でも、会社としての発言力は大きい」
というところであった。
しかも、いまだに昔からの、
「終身雇用」
であったり、
「年功序列」
というものを守っていた。
実際に、表向きは、
「それらは崩壊した」
ということになっていたが、まわりはそれを、
「数社は、そういう会社があってもいいのではないか?」
ということで、その数社の中に選ばれたことで、延命どころか、今では、
「バブル崩壊期の生き残りの代表」
ということで、
「経済界のモデルケース」
と言われ、脚光を浴びている会社だった。
実は、樋口刑事が捜査する中で、あの廃工場というのは、
「水谷の会社が、かつて吸収合併したことがある会社だった」
ということであった。
吸収合併後は、水谷の会社の子会社として、何とか零細企業とは言われながらも頑張ってきたようだ。
しかし、
「時代の流れ」
ということなのか、
「5年くらい前に、突然、この工場を売却する」
という方向に舵をきったのである。
もちろん、この工場だけではなく、今は子会社となっている、かつて、自分たちが、吸収合併した会社を、手放すということだったのだ。
「会社のスリム化を目指す」
ということで、その背景には、
「海外からのインバウンド」
というものがあったという。
「海外からの連中を安く雇って、働かせる」
ということで、それを、本社は、会社直轄の支点を中心に行おうということであった。
そのため、子会社の役割も会社としては、
「終えた」
と考えたのか、スリム化を目指したのだ。
そのため、売りに出したはいいが、今の時代、
「小さな町工場」
などを引き受けるところが見つかるわけはない。
商社としても、
「どうせ、今さら、小さな町工場が流行るわけはないんだ」
ということで、自分の会社として終わらせるよりも、
「とりあえず、売りに出してみる」
ということの方が、
「世間的にも見栄えがいい」
と考えたのだろう。
しかし、実際に、町工場の連中は、
「悪いのは親会社で、俺たちは切り捨てられた」
という思いが強く残ったのだ。
つまりは、
「世間体だけを気にするということに執着したあまり、町工場の連中を敵に回し、無駄な恨みを買ってしまった」
といってもいいだろう。
これは、親会社側にとっては、正直、
「想定外だった」
ということかも知れない。
いや、もっといえば、
「考え方が甘い」
ということになるだろう。
そのことに、水谷は関わっていたかどうか、ハッキリはしない。
ただ、まったく関わっていなかったということはないだろうが、
「深くかかわっていたということはないのではないか?」
と、樋口刑事は考えていた。
というのは、殺された男、
「片桐良治」
という男を、別ルートで探っていたからであった。
この片桐という男は、元々、田舎で暮らしていて、高校卒業までは、田舎の学校にいたのだ。
その頃までは、別に、
「ワル」
ということもなかったという。
「ただ、あの子は、よくまわりから祀り上げられるタイプだったんですよね」
というのが、彼が高校一年生の時の担任の先生の話だった。
「クラスで委員を決める時も、いつもまわりから、名前を挙げられていたんですが、最初は、面倒なことを押し付けられても、いやだとは言えない子供なのかと思っていたんですが、それ以外でも、必ず最初に彼の名前が挙がるんですよ。しかも、実際にやってみると、まわりの期待に見事にこたえるんです。実際に、才能もあるんでしょうが、努力もハンパないといえる子供ではなかったかと思うんですよ」
というではない。
「それこそ、片桐君には、まるで後光がさしているといってもいいのではないかと思うほどだったですね」
と付け加えられた。
「じゃあ、自分から目立とうとしなくても、自然と目立ってしまうというタイプだったわけですね?」
と樋口刑事がいうと、
「ええ、まさにその通りですね。でも、彼には、カリスマ性が確かにあったんですね。だから、途中から、まるで教祖のような存在になっていた気がします」
「教祖というと、あの宗教団体などにある?」
「そうですね。そういう意味で、カリスマ性があったとわざと言ったわけで、彼を慕う人はかなりいました。彼も、それにこたえようと頑張っていたので、彼の高校時代は、褒められることはあっても、決して人から非難されたり、悪い生徒だったなんていう人は、きっと誰もいないと思いますよ」
という。
「死んだ人にムチ打つ」
ということで、殺された人の悪口をいう人はあまりいないだろう。
しかし、これが、
「殺人事件で。しかも、殺されたのがその本人」
ということで、
「そのことで、警察が訪ねてきた」
という場合は、本当に、
「ワル」
ということであれば、
「死んだ人を悪く言うのは忍びないが」
といいながら、客観的な事実だけを話してくれるという場合が結構あるのではないだろうか?
しかし、この高校でも何人かに聞いたし、実際に、
「卒業生の中の彼を知っている人」
ということで数人に尋ねてみたが、確かに彼を悪く言う人は、一人もいなかったのである。
「そんな男が十数年経って、今では、
「チンピラ」
あるいは、
「やくざの構成員」
というものに成り下がった。
ということで、実際には、
「高校時代とは正反対だった」
といえるだろう。
「一体彼に何があったというのか?」
と、樋口刑事は、殺人事件の捜査もさることながら、この、
「片桐」
という男に興味を持った。
そういう意味で、やつの卒業後を探ってみることにしたのだった。
最近の1年くらいは、捜査本部の方で結構調べていたので、詳しく報告されていた。
「ここ最近の彼は、表立って何かがあったということはなかったようですね。ただ、今はすっかりカタギとなったといわれる、やつがかつて所属していた組での彼の立場というのが、闇の仕事人と言われていたようで、そう簡単には、彼が何をしたのかということは、分からないということでした」
という報告だった。
当然捜査本部としては、
「そのあたりをもっと詳しく調べてくれ」
ということで、
「少し範囲を広げて調べる」
ということになったのだ。
「範囲を広げる」
というのは、面積ということではなく。行動範囲という意味であり、そのことは、さすがに、捜査一係の、本部の人間には、ツーカーで分かっていたようであった。
ただ、しょせんは、
「時代をさかのぼる」
という捜査方法で、樋口刑事は、頭の中で、
「これは、時代をさかのぼるのではなく、時系列に沿って調べる必要もあるだろう」
と考え、捜査本部の中の、門倉警部に願い出て、
「独自捜査」
というものの許可をもらったのだ。
これには、
「現場の責任者」
という立場にある、
「桜井警部補」
も、一緒に願い出たからだった。
門倉基部と桜井警部補はかつては、名コンビと言われ、ずっと、K警察署で、君臨してきた、いわゆる、
「捜査本部の両輪」
といわれていただけに、その力は絶大だといってもいいだろう。
しかも、そもそも、
「時系列での捜査」
という意見を最初に提案したのが、桜井警部補だったのだ。
その意見に対し、
「私もまったく同意見です」
と目を輝かせたのが、樋口刑事であった。
だから、桜井警部補も自分の考えに自信を持ち、それを樋口刑事に実証させるということを考え、捜査本部長である、門倉警部に願い出たのだった。
「ひょっとすると、門倉警部も同じ発想なのかも知れない」
と思うほど、桜井警部補の意見は、
「二つ返事」
で承認されたということであった。
「ただ、捜査本部の規律という意味で、そちらの捜査は極秘で行ってほしい」
というのが、門倉警部の話であった。
つまり、
「何かあったら、責任は門倉警部にいく」
ということであったが、これまでの捜査本部内で、たびたび、極秘捜査というものが行われていたということで、
「樋口刑事は、たまにその任についていた」
ということであった。
元々は、
「桜井警部補の、刑事時代の仕事だった」
というもので、この操作方法は、昔から、
「K警察署の専売特許」
といってもいいかも知れない。
そういう意味で、K警察署は、
「はぐれ警察署」
といえるのではないだろうか?
そういう意味で、樋口刑事の捜査は、
「上からの指示」
ということで動きやすかった。
最初に高校時代からあたるというのは、正解だったようで、さすがの樋口刑事も、
「あの片桐が、高校時代、正義のカリスマ性というものを持っていた」
ということには驚かされた。
となると、問題は、
「やつがどこで、持っている正義のカリスマ性というものが、悪に変わってしまったのか?」
ということである。
片桐は、高校を卒業すると、東京の大学に進学した。
「経済学部」
ということで、本人とすれば、
「無理ではないか?」
と思っていたのに、學校の先生が、
「お前なら大丈夫」
ということで、半ば強引に試験をうけ、合格したのであった。
ただ、それが悪かったのか、大学進学後、まわりの学生の悪影響を受けて、
「ほとんど勉強をしない」
ということで成績は鳴かず飛ばず。ただ。彼には、
「悪知恵」
というものが身についたようで、それを街の組織が目を付けたということであった。
実際に、
「自分を制御できない」
というところまで来ていたという。
そんな風にしたのは、普段いくスナックだった。
友達に連れてこられたのだが、そのスナックは、裏で組織とつながっていたということであった。
そもそも友達自体が、チンピラのようなやつで。夜の世界を知らない片桐が、
「コロッと騙された」
というのは無理もないこと、
チンピラにそそのかされる形でスナックに通うようになると、相手も、
「あの手この手」
で、片桐もまわりを固めていく。
そういうことにかけては、大学生の青年で、まだまだ田舎者の雰囲気が抜けていない片桐には、
「いちころだった」
といってもいいだろう。
しかも、組では、
「オンナ」
も用意していたようで、
「色仕掛けで蹂躙し、さらには、あまり表に出ないような、軽めの違法薬物によって、市バレていく」
ということになっていったのだ。
「典型的な転落人生」
ということだろう。
大学にもいかなくなり、そのうちに、大学も中退してしまった。
結局、田舎では何も知らない親とすれば、
「大学中退」
の時点で、説教をしようにも、本人の所在が不明ということになったので、何も言えなかった。
もちろん、捜索願は出したが、警察が、
「事件性のない」
というものを、いちいしh取り上げるわけもなく。その時に親たちも、
「警察の」
いや、
「世間というものの冷たさ」
というものを、いやというほど味わっていた。
その頃息子の方も、そんな世間の理不尽さ」
というものを分かってきていて、
「組に突っ込んでしまった足が、そう簡単には洗えない」
ということが分かったのだ。
だからといって、落ち込むことはなかった。
世間の理不尽さというものも同時に感じていたので、
「こうなったら、世間への反発の機会を、この組織で得られたわけだから。俺が、今度は組織を利用して。世間の理不尽さに挑戦してやる」
と感じていた。
しかし、
「組織における上下関係は厳しいものであり、まるで。奴隷扱いされている」
ということに関しては、不満があった。
それだけに、
「自分にしかできないこと」
というのを身に着けて、
「立ち回っていく」
という考えに至った。
そのために、
「どうすればいいか?」
ということを考えた時、
「自分の二面性で、相手を欺く」
ということを考えたのだ。
それが、光と影というものであり、。
「自分が以前、カリスマ性を発揮し、まわりから慕われていた」
ということを思い出し、
「カリスマ性を発揮する表」
というものと、
「暗躍して、その存在が分からないというような影に徹する」
という両面を示そうと考えたのだ。
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