第4話 限りなくゼロに近い無限
警察がやってくると、そそくさと、行動を始めた。鑑識と、刑事が二人ほど来ていて、鑑識の捜査が、
「厳かに行われることになる」
ということは容易に想像できた。
制服警官が、表を固めていたが、さすがに、民家が少ないということもあって、
「野次馬」
というのは、思ったよりも少なかった。
さっきまで、あれだけの暗闇の中で、工場内を赤々と照らしていたと思っていた明かりは、
「まだついているのか?」
と錯覚を覚えるほど意識できるものではなかった。
しかし、最初に入った時、
「あそこから照らされていたんだ」
という意識があったので。
「今でも明かりは消えていない」
ということは、物理的にも分かったのだった。
理論的にも、
「状況保尊」
というのが警察の仕事なので、明かりが消えるということは、おかしな話だということであった。
ただ。それ以上に表から照らされる明かりは、相当なもので、さっきまで暗闇に慣れていた目には、毒ということになるだろう。
一応、
「第一発見者」
ということで待機していた水谷だったが。
「さっきの男には見覚えはない」
ということを思い出すと、安堵したのだった。
もし、知っている人ということであれば、今のところ、
「容疑者筆頭」
ということになる。
そうなると、問題は、やはり、
「死亡推定時刻」
ということであろう。
「たった今」
ということであれば、明らかに容疑者は自分だということになってしまう。
それは、非常に困ることで、へたをすれば、
「重要参考人」
ということで、逮捕されかねないだろう。
逮捕されてしまうと、
「自分が犯人ではない」
とはいえ、会社での立場が微妙になってくるだろう。
それこそ、
「会社に迷惑をかけた」
ということで、最悪は、
「懲戒免職」
ということになる。
それこそ、とんでもない迷惑ということで、釈放されたとしても、警察が会社に弁明してくれるわけではない。
このような場合も、
「冤罪扱い」
されないのだろうか?
もし、冤罪だと分かれば、会社は、
「不当解雇」
ということにならないのだろうか。
それを思えば、
「いきなりの、懲戒免職」
ということはないだろうと思えるのだった。
そんなことをして、すぐに、
「冤罪だった」
となると、会社の早まった行動は、マスゴミとすれば、
「おいしいネタ」
になるかも知れない。
いや、本来マスゴミの仕事というのは、
「そういう社会の悪しき伝統のようなものを糾弾するのが当たり前」
というものではないだろうか?
そうでなく、
「芸能人や政治家のゴシップばかりを狙っていれば、それこそ低俗」
ということになるのではないだろうか?
いくら。
「報道の自由」
といっても、それを、
「個人のプライバシー」
というものを奪っていいということであろうか、
「報道の自由」
というものも、
「基本的人権の保障」
「個人のプライバシーの保護」
というのも、どちらも憲法に定められているということで、その線引きが難しいところではあるが、そうなると、後は。
「モラル」
であったり、
「倫理の問題」
ということになり、やはり、
「個人重視」
といってもいいだろう。
だから、何かあれば、マスゴミが騒ぐわけで、そのマスゴミの行動に対して、誰が抑止できるかと考えれば、
「憲法で保障されている以上、法律ではどうすることもできない」
ということから、
「モラル」
という問題が出てくるということになるだろう。
さすがに、この時は、マスゴミは少なかった。
深夜の時間帯、民家から少し離れたところで起こった事件。そもそも、朝刊には間に合わない。
そうなると、今は、
「初動捜査」
というだけで、詳しくは夜明けの後になるだろう。
それまで、制服警官が、
「現状保尊」
ということで立ち会うことになるだろうが、その前に、第一発見者からの事情聴取というものは、絶対にあるというものだ。
事件現場を捜査していた鑑識と、刑事の話の中で聞こえてきたものとしては、
「死因は、ナイフで刺されたことでの、出血多量によるショック死で、死亡推定時刻というのは、今から4、5時間前ということで、夜の7時から8時の間ということになるのではないか?」
ということであった。
「この時間ということであれば、自分には、会社から、同僚と飲み屋にいたというアリバイがある」
ということで、初めて安心したのであった。
そして、
「明かりがついていたのは、犯行時刻は、薄暗かったか、夜のとばりが下りた時間だったのか」
ということで、納得がいくと感じたのだ。
ただそうなると、
「民家が少ないあたりとはいえ、バスを降りてから住宅街への通り道にはなっているので、誰も、この工場に電気がついていたことを不思議に思わなかったということなのだろうか?」
と水谷は感じた。
それを、刑事の方でも思っていたようで、二人で話をしていると、さすがに捜査のプロ、すぐに的確な発想が出てくるというものであった。
もう一人の刑事が、
「普段から、個々はついているんじゃないですかね? だから誰も気にする人がいなかったということかも知れませんよ」
という、
それを聞いて、水谷も、
「目からうろこが落ちた」
という思いがしたのか、
「なるほど」
と感じたのであった。
「警察というものが、二人一組で行動する意味は、そこにもあるのか?」
と、水谷は感じたのであった。
水谷がもう一つ気になったのが、
「死因」
ということであった。
さっき、鑑識と刑事の話では、
「ナイフを刺されたことによる出血多量でのショック死」
ということであった。
しかし、現状を見た時に何気なく感じたことで、
「そんなに血が散乱しているわけではないな」
という感覚だった。
「明かりがついているとはいえ、目が慣れてくると、薄暗さしか感じないというほどだっただけに、それほど血が飛び散っているのが分からなかったということであろうか?」
と感じたが、
「出血多量によるショック死」
といわれてしまうと、何か気になってしまうというのも無理もないことであろう。
ただ、すぐに、その理屈も理解できた。
というのは、傷口にナイフがめり込んでいたということだからだ。
もし、そこでナイフを抜き取っていれば、一気に血が噴き出して、あたりは、
「血の海」
ということであろう。
犯人にとって、それは都合の悪いことで、なんといっても、
「大量の返り血を浴びてしまう」
ということである。
ただ、凶器をそのままにしておくというリスクも考えられる。
それでも、返り血を浴びるというのは致命的で、すぐに警察に通報され、事件が明るみに出れば、当然、
「非常線」
というものが貼られ、着替えたとしても、どこかに、返り血を浴びた服を持っているか、処分するかしかないが、処分するとなると、そこから足がつかないとも限らないと考えると、
「簡単にどこかに捨てる」
などということができるはずもないだろう。
そんなことを考えると、
「犯人が、この人気のないところで殺人を行った」
というのは、
「少しでも、犯行が露呈するまでに、時間を稼ぎたい」
という思いがあったのかも知れない。
ただ、そうなると、
「ここの電気がついていた」
というのは納得できないが、逆に普段からついていたということであれば、消す方がかえっておかしい。
そうなると、今度の事件で、
「ずっと電気をつけていた」
というのは、犯人の犯罪計画にあるものということで、
「少しでも明るい状態での犯行でなければ成功しない」
と考えたのではないかと思えば、
「普通にいろいろな角度から考えても、この事件は、計画的な犯行ではないか?」
と思って間違いないと思うのだった。
警察がどのように諸相捜査で感じるかということは分からないが、この時の刑事としても、
「この事件は、計画的な犯行だ」
ということに確信を持っているようだった。
それは、
「明かりがついていた」
という一つの事実だけで、容易に想像できるものだといえるのではないだろうか?
鑑識の捜査で、一つ気になるという話があったのは、
「はっきりと、ここが犯行現場だと言い切れない」
ということであった。
確かに、
「この現状が犯行現場だ」
といってもいいのだが、何か、他で殺された可能性も否定できないという曖昧な感じがあることで、
「鑑識としては、ここが現状だとはいいにくい」
ということであった。
その一つの疑問ということで、鑑識がいうには、
「タイヤ痕と、下足痕」
ということであった。
「車がこの現状にあったのは間違いないと思われます。そこいタイヤ痕が新しい形でありますからね。少なくとも、ごく最近のものだと思われます」
というので、
「どうしてわかる?」
というと、
「昨日までは完全に晴れていて、それまでであれば、タイヤ痕というものは、よほど気を付けないと分からないかも知れませんが、ここに残っているものは、ちょっと見れば鑑識でなくとも分かるものだと言えます。つまり、雨が降ったのが、昨日の昼間から夕方にかけて。その時、ここはある程度粘土質の土ですので、雨に濡れれば、すぐにべとべとになって、タイヤ痕が残りやすいということになります」
ということであった。
「なるほど、それは納得ができる」
と刑事がいうと、
「だから、少なくとも昨日のタイヤ痕だということにあると思うんですが、ここは、廃工場なので、最初からここに車はあったのかも知れないですよね。機械が残っていることから、持ち出すためにですね。きっと、廃車寸前の車だったのかも知れません。ただ、気になるのは、そうではなく、車は、ここにあったものではなく、今日来て、今日帰ったものだと思われます。それが、タイヤ痕で分かるんですよ」
と鑑識がいう。
「じゃあ、死体をここに運んだということかな?」
と刑事がいうので
「そうかも知れないと思うんです。下足痕と確認すると、バックで車を入れた場合、運転席から出て、トランクを開けてから、死体の場所なで運ばれています」
というのっで、
「ちょっと待った。死体を運び込んだということは、一人ではないということになるのかな?」
「そうですね、二人というのが妥当なところでしょう。大の大人であってお、一人でここまで運ぶのは結構きついですからね。でも、火事場のくそ力ともいいますから、やろうと思えばできないわけはない。ただ、その場合、死体を引きずるということになり、すぐに、ここが犯行現場ではないということが分かってしまう。実際に、今の科学捜査では、それくらいのことは簡単に判明するので、それを犯人が分かっていたかどうかということが、事件にどんな影響があるかということでしょうね」
と、鑑識は言った。
まるで。刑事のような推理であったが、刑事はあえて、そのことには触れず、鑑識官の考え方を聞いていた。
それこそ、
「鑑識の推理というものを、お手並み拝見」
とでもいいたいくらいではないだろうか?
それを考えると、水谷も、推理に関しては、それなりに好きだと思っているので、ついつい想像してしまうのであった。
というのも、
「鑑識の推理」
というものを聞きながら、
「俺には俺の推理」
ということであるが、どうしても、
「鑑識推理を下に考えてしまう」
という、先入観があるので、それに沿った形で、しかも、
「反論」
というのが浮かんできた。
「なるほど、死体を動かした」
ということで考えれば、まず考えなければいけないのは、
「死体を動かすことで、犯人にどんなメリットがある」
というのかである。
そもそもの殺害現場は、
「人目に付きやすい場所なのか?」
あるいは、
「つきにくいとことなのか?」
ということで別れてくる。
普通、
「死体を移動させた」
ということから考えられる推理とすれば、
「アリバイトリック」
というものが考えられる。
実際の現状であれば、殺害は不可能だが、たとえば、
「犯罪を犯してから、別の場所に犯人自身が移動させた」
ということあれば、共犯を使えば、
「動機を持った主犯の人間」
というものが、
「死亡推定時刻にどこにいたか?」
と考えれば、
「もし、動かしていないのであれば、死亡推定時刻に、死体発見場所に来れるかどうかというところで、アリバイがあるか?」
ということになるので、
その時に、発見現状に来れないということであれば、
「立派なアリバイ」
ということになる。
しかし、これも、ミステリーでは、ポピュラーなトリックということで、
「簡単にバレる可能性はある」
ということであるが、そこに、別のトリックを組み合わせることで、逆に、
「そんな古臭いトリックはありえない」
という一種の、
「叙述トリック」
ということで考えられるといってもいいだろう。
まるで、マジックのようではないか、
「何かをしているのが右手であれば、観客の目は絶対にそっちに向いている。その隙に反対の手で、トリックをかましているとすれば、なかなか見つかるものではない」
しかも、
「それが、稀代の魔術師といわれるほどのプロということであれば、たとえ、左手に注目していたとしても、そのトリックを容易に看破することはできないだろう」
つまりは、
「マジシャンであれば、二重三重にまでも、トリックを張り巡らされている」
ということで、
「一つがバレれば、その瞬間、次のトリックが発動され、それがまた看破されれば、次のトリック」
とでもいうように、
「人形を開けると、中から一回り小さな人形が出てくる。さらに開けると」
というような、いわゆる、
「マトリョシカ人形」
のようなトリックというものが、張り巡らされて理宇ということであった。
それを考えると、
「マトリョシカ人形」
であったり、
「合わせ鏡」
というようなものは、最初から、
「トリックのために作られたもの」
といってもいいかも知れない。
そして、なんといっても、
「どんどん小さくなっていく」
ということから考えられることとして、
「限りなくゼロに近いもの」
というのが、
「終点ではないか?」
ということである。
しかし、
「絶対にゼロになる」
ということはないのだ。
なぜなら、数学において、整数を整数でどんなに割り続けても、限りなく小さなものにはなるが、
「ゼロであったり、マイナスには決してならない」
ということであった。
つまりは、
「ゼロにならない」
ということで、それが、
「無限である」
ということが証明されたということと同じだからである。
実際に、今考えられている、
「ミステリーにおけるトリック」
というのは、数種類あるが、それは、
「探偵小説黎明期」
と言われた時代においても、すでに、出尽くされたものだと言われている。
だからこそ、あとは、
「バリエーションの問題」
ということで、
「謎解き」
というものをストーリー性でカバーすることで、
「トリックをいかに生かすか?」
ということになる。
つまりは、
「何重にも張り巡らされたトリック」
というものをいかに使うかということだ。
今回の犯罪がそれにあたるとは限らない。
しかし、
「犯罪というものは、策を弄すれば弄するほど、暴かれやすいということもある」
というものだ。
つまり、
「過ぎたるは及ばざるがごとし」
ということで、
「完全犯罪を考えるがゆえに、簡単なところに抜け穴ができてしまう場合が多く、それを看破されれば、事件は容易に解決する」
ということもあるだろう。
そういう意味で、
「トリックを駆使した犯罪」
というものが、意外とスピード解決だったということになるのも、ミステリー小説などではよくあることだ。
実際に事件でも、
「一つのことがきっかけで、犯罪が露呈する」
ということもある。
つまりは、
「犯罪が露呈しない」
ということが最大のトリックであり、
「死体が発見された時点で、犯人が分かってしまった」
ということもあるだろう。
しかし、犯人としては、
「絶対に発見されない」
ということに、全神経を集中し、そのことを信じて疑わないということであれば、
「見つかった時点で、俺の負けだ」
と観念することだろう。
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