第2話

​サクラとの出会いから3年。よくはれた秋の日。オレは今日も園内パトロールしていた。



カモが池のほとりで日向ぼっこをしている。客の投げそこねた鯉のエサを食べている。



​「へっ。オレ様の羽に比べたら、お前らなんて池の浮き草だぜ?」



​得意げに言い放つと、カモはうるさそうに首をあげる。



​「うるせぇなぁ、ずっと独り身のくせに」



​カモはそう言うと、池の中へ入っていく。



「なんだと!戻ってこい、やるならやってやんぞ」


「やーい、バカ王子。悔しかったらここまで来いよ」


「やめなさいよ、かわいそうだわ」


池にいた他のカモが嗜める。


「ふん!」


気楽な独り身の何が悪い。


春になれば、カモの夫婦が仲睦まじく寄り添い、やがて産まれた小さな命がピヨピヨと親の後ろを追う。その光景は今やこの植物園の風物詩だ。


正直に言えば、羨ましくないと言えば嘘になる。


​いや、いや。オレ様レベルになれば所帯など必要ない。そう心の中で言い聞かせる。さぁ、パトロールを続けよう。



​――そのとき、ヤツが来た。



​今日は火曜日だ。


スタスタと静かな足取りで園内へ入ってくる長身の男。


いつも通り、マスクにメガネ、帽子まで深く被って顔を隠している。普通なら不審者の一言で片付く格好だが、今日のコーデは薄いベージュのシャツに細身のデニム。


大した色味もないのに、全身から隠しきれない雰囲気が漏れ出している。



​オレにはわかる。なぜならオレも同じだからだ。人気者ゆえに、どうしても醸し出してしまう「オーラ」があるんだ。



やはり、タダモノではない。



​「あ、こんにちは。今日も来てくれたんですね」



​受付のサクラが、ふわりと笑った。


オレには見せない、少し大人びたトーン。その声は心なしか弾んでいるように聞こえた。


男は言葉を返すことはなく、ただ一瞬、サクラの笑顔に小さく頷いただけだった。



​毎週来るくせに、たいした会話はない。


男の後ろ姿を名残惜しそうに見送るサクラ。その視線の先に、オレという存在が入り込む隙間はない。



​すごく、面白くない。



​「また来てるわね、あのイケメンくん」



​売店のおばちゃん――鈴木さんが、ふらっとやって来た。オレをチラリと見て、ニヤリと下品に笑う。



​「ねぇ、気づいてるのはあたしだけかしら。あれ、たぶんコウキよ。テレビに出てる子。あのアイドルグループ……ええと、なんて言ったっけ、なんか難しい横文字の名前の」



​オレは目を細めた。


アイドルだと?あの地味メガネ野郎が?


見た目を隠してクールを装い、長身でスラッとして、高そうなカメラを構えて。



​「国宝級イケメン。世間じゃそう呼ばれてるのよ。サクラちゃんは彼の正体に気づいてはないけど、彼のこと、しっかり意識してるわね。毎週火曜日は、メイクの気合が違うもの」



​なに?……言われてみれば、確かにそうだ。



​「それより驚くのは、彼の方もサクラちゃんを意識してるってことね」



​なんだと?



オレは思わず、身の羽をよだたせた。



​「あんた、サクラちゃんのことが好きなんでしょ。このままじゃ、あのイケメンくんに取られちゃうわねぇ」



​うるさい、オバチャンだな。黙ってろ。クジャク相手にペラペラとおしゃべりしすぎだろう。仕事しろよ。



あの男が何者だろうと関係ない。サクラが笑いかける相手は、オレだけでいい。オレはそう決めたんだ。



オレだけのお姫様なんだ。誰にも邪魔はさせない。



​「あはは、怒ってるの?ごめんごめん」



​おばちゃんは豪快に笑いながら、自分の持ち場へ帰っていった。



​池の対岸で、男がカメラを構えている。


カモを撮っているのか?


……いや、違う。


レンズの先にあるのは、受付に立つサクラだ。


盗撮か?


あの野郎、オレのサクラを盗撮しているというのか!



​バサッ!!



​男のカメラからサクラを遮るように、オレは力強く尾羽を広げた。



これは威嚇だ。怒りの白羽だ。



​「わあ、すごい!」「真っ白!」



近くにいた子供たちが歓声を上げ、大人たちはスマホを構えて群がってくる。


こら、違う!今はお前らに構っている暇はない。これはあいつへの宣戦布告なんだ!



​「あれ、王子いつのまにいたの?」



​サクラがオレを見て笑っている。ずっと前からここにいたのに、オレに気がつかないなんて。



「今日もキレイね」



頭を撫でてくれる指先は、いつも通り優しい。けれど、オレの心はざわついたままだ。



​「そんなに羽を広げて、求愛の季節にはまだ早いぞ」



​可愛い顔して残酷なことを言う。オレの羽は一年中、サクラのためだけに開かれているというのに。



​オレは再び池の向こうを睨みつけた。



しかし、そこにはもう男の姿はなかった。



ただ、池のほとりに咲く真っ赤なサルビアが、風に揺れているだけだ。



​それは、オレの心の奥でくすぶる、燃えるような嫉妬の色をしていた。

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飛べない白クジャクはその恋を許さない ~ライバルは国宝級イケメンアイドル~ はなたろう @haru-san-san

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