第3話
当時2年3組だった田中くんは高身長で目立つバスケ部員のなかのひとりだった。体育はチョコも私も苦手な科目で、特に冬なんて「寒い」「眠い」「めんどくさい」が更衣室での口癖だったくせに、田中くんを見つけてからのチョコは体育だけやけに優等生になった。チョコの視線はいつも田中くんに釘付け。校庭でランニングしている田中くん、高いハードルを飛び越える深津くん、反復横跳び、サッカー、バスケ。田中くんの一挙一動に頬を赤らめては、目が合ったのか恥ずかしそうに俯くチョコを見ていると、私にはない純度の高さが羨ましいと思うと同時に、嫉妬でまる焦げになりそうだった。
「チョコは田中くんに抱かれたいの?」
ある日体育が終わった後チョコに聞いてみた。隙間から冷風がびゅんびゅん入り込む更衣室はストーブがついていても冷凍庫のなかにいるみたいで、ジャージを脱ぐのに一苦労だ。チョコは一瞬動きを止めた後、
「そ、そんなこと考えてないよ!田中くんは私なんかとは別世界の住人だからハグやキスなんてもちろん付き合うのだって恐れ多い。ただ影から見守ってるだけでよくて、大それたことは望みません」
チョコはへらっと笑いながら話した。なんだ。付き合いたいとかじゃないんだ。そう安心した私のなんと愚かなこと。覆水盆に返らず。情景が恋慕に変わるなんて繰り返された台本で予測可能な展開だったのに。
田中くんがうちのクラスの男子に世界史図録を借りに来てチョコの席の前を通った時に「ちょっと失礼しますね」と言い、それに対してチョコが「ふい」と通路を開けて椅子を引いた。それだけのことを期末試験の勉強中に「喋っちゃった!田中くんと、喋っちゃったよ!」と大はしゃぎで喋ってくる。星が瞬くみたいに顔をキラキラさせて。図書館だから静かにしないといけないのにチョコの声はだんだん大きくなってゆく。私は「よかったね」とだけ投げ、はにかんだ笑顔を見ていられず視線を落とした。開かれたチョコのノートには意外と達筆な字が並んでいる。字を生み出しているのはテディベアのシャープペンを持つ手。そのチューリップみたいにとんがった指先に触れたい。できない。最近は彼女に触れるところを想像しただけで石のように身体が固まり、普段通りに接することが難しくなってしまう。
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