第4話


 年が明けて2月、初めてチョコの家にお呼ばれした。チョコの部屋は勉強机とベッドと本棚がきちっと整えられており、本棚にはジャンプ漫画が並べられていた。部屋の隅にバッグを置き台所に移動する。バレンタインの相談を切り出されたのは三日前だった。休み時間に私の机に身を乗り出し、口元に手を当てて小さな声で言った。田中くんにチョコを渡したい。既製品じゃなくて手作りを渡したいけど自分はあまり料理をしないからひとりで作れるか不安だ。お母さんに手伝ってもらうのはなんか恥ずかしい。

「いつのまに手作りチョコを渡せるくらい仲良しになったの」

「まあ、すれ違いざまに挨拶するくらいには?」

 冷蔵庫から材料を取り出しながら、チョコがななめ上を見ながら言った。その表情を見ると小さな笑いが込み上げてくる。気恥ずかしさを誤魔化す時によくやる顔だ。

「いいけど私だって料理はあんまりやらないわよ……あーでもチョコは昔姉と作ったことがあるかなあ」

「お姉さんがいるの?知らなかった。なんで教えてくれなかったの?」

「ミステリアスガールを演出してるから。秘密は多い方が官能的だから」

「私にそうする意味ある?」

 あるよ。と言おうとしてやっぱやめた。彼女の髪が漂わせるせっけんの香りがやけに切ない。

「まな板にクッキングシートを敷き、板チョコを細かく刻む」

 チョコがメモを読み上げる。事前に書いておいたんだろう。お世辞にも良いと言えない包丁の手捌きに心配になるが、真剣な横顔に声をかけるのは憚られる。友達にチョコを渡すと言っても男と女だ。その行為に意味を見出すなという方が難しい。急に手を置いていたシンクの冷たさが痛く感じられてパッと手を離した。しばらく不安定なリズムを聞きながら冷蔵庫に無造作に貼られたメモを眺めていたが、チョコが刻んだ板チョコをフライパンで直火にかけようとしているのを見て慌てて声をかけた。

 バレンタインデー当日、暖房が消えた放課後の教室は冷え切っていた。チョコは室内でも黒いコートに赤いマフラーを巻いており、頬はピンクに染まっていた。片手に赤く小さな箱を持ちもう片方の手で何度も前髪を直しているチョコを見ていられず、教室を出ようとドアの方を向くと、ガラガラッと音がして男子生徒がひとり入ってきた。部活終わりで汗ばんだ彼と入れ替わりで教室を出て、ドアの裏に隠れた。

「…くれて…りがとう」

「これ……作ったの……」

「…て、……だよ」

 ふたりの声がうっすら聞こえる。チョコ。私の友達。もしかしたら好きかもしれない。そう思うと罪悪感が込み上げた。友達を利用して隣にいる私は気持ち悪いんじゃないか。嫌われたくない。隠さなければいけない。この気持ちは。寒さのせいかだんだん膝が震えて立っていられなくなったので、私は先に帰ることにした。

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