手縫いの卵を温めて

孤兎葉野 あや

手縫いの卵を温めて

『ねえ、瑠寧るねちゃん。明日、お家に行っていい?』

 そんなメッセージが莉梨りりから届いたのは、昨日のこと。


 小さい頃から、何度もそうして遊んできたし、断る理由なんて無いけれど……高校に入ってからは、少しぎくしゃくしてたから、意外なタイミングかな。


 不安と、何かが変わるかもという期待が入り交じって、約束の時間を待つ……ちょっと早いくらいの時間に、呼び鈴の音。

 今日は両親共に出掛けているから、玄関で迎えるのは、もちろん私だ。



「お、お邪魔します……」

「う、うん……莉梨、大きそうな荷物だけど、どうしたの?」

 ドアを開けて、目に飛び込んできた、小柄で可愛らしい莉梨の姿と、ちょっと似つかわしくない、大きなショッピングバッグに、いきなりだけど尋ねてしまう。


「えっとね……来る途中で、卵拾ってきたの!」

「親元に帰してきなさい」

 飛び出してきたのは、唐突すぎる言葉と、バッグの中から現れた白い物体。思わず突っ込んでしまったけれど、これはそもそも……


「大体、これってぬいぐるみじゃないの? 一体どうして……」

「な、何のことかな? これは、途中の川から、どんぶらこって……」


「それにしては、全然濡れてないみたいだけど?」

「え、えっと、山の芝刈りで出た、芝がよく燃えてて、乾いたみたい……」

 うん、莉梨がたまにアホの子を発動するのは、今に始まったことではないけれど、今回はだいぶ重症だ。

 川はともかく、莉梨の家からうちへ来るまでに、山なんて存在しない。そもそも河川敷で何か燃えてたら近付くな、火事なら通報しろ。


「……ま、まあ、とにかく上がって。私の部屋でいいよね?」

「うん!」

 突っ込みどころは色々とあるけれど、これ以上正論パンチを続けたら、莉梨を泣かせてしまう。

 ちゃんと理由はあるんだろうな……だって、さっきのは多分、既製品じゃなくて、莉梨が自分で縫ったものだから。



「えへへ、瑠寧ちゃんのお部屋、久し振り!」

「そ、そうだね……」

 心底嬉しそうな莉梨の表情に、今度は私が少し不自然になる。そりゃあ、ぎくしゃくしていたんだから。


「それで、今日は何したい?」

「うん! この卵、孵るかもしれないから、二人で温めてみない?」

「え……?」

 これで何かするだろうと、思ってはいたけれど、想像の斜め上がやって来た。ぬいぐるみの卵がどう孵るのかは、もう突っ込まないほうが良いだろう。


「あ、温めるって、どうやって……?」

「そ、その、二人で、両側から……」


「……ベッドで、横になったほうが、やりやすいかな?」

「う、うんっ……!」

 腕を回せるほどの大きな卵に、それぞれ抱き付くような体勢になって、結局二人で横になる。これなら、疲れることもないだろう。


「……」

「…………」

 ところで、こうしてから会話がまだ無いけど、ここまで来て、ノープランだとか言わないよね、莉梨?



「ねえ、莉……」

「あっ、あの、小さい頃は、よくこんな風に、瑠寧ちゃんと一緒にお昼寝してたよね」

「う、うん」

 問いただそうかと思った時、莉梨が口を開く。確かに、あの頃は何をするのも一緒で、今のもある意味、息が合っていたのかな。


「瑠寧ちゃんの隣にいると、なんだか安心して、あの頃から……小学校の時も、中学校の時も、ずっとそうだったんだ」

「ああ、莉梨は何かあると、すぐに泣いてたし、私の傍をずっと離れなかったよね」

「もう……! そ、そうだったかもしれないけど」

 莉梨の言葉に、少し前みたいな、軽口が自然と出てくる。卵のぬいぐるみ越しに、温かさが伝わってきたみたいだ。



「でも……最近は、瑠寧ちゃんが一緒にいてくれなくて、淋しいよ……」

「そ、それは……莉梨のこと、皆が可愛いって言って、囲まれてるから。私は、あの人達とあまり合わなそうだし」

「むう……」

 莉梨が頬を膨らませる。さっきまで温かかった空気が急に冷えて、ぬいぐるみのはずの卵も、私達を隔てる硬い殻みたいに思えてくる。


 本当は、分かっていたはずなんだけど。皆に囲まれながら、私をちらりと見る視線に、どんな想いがこもっているか。

 そこから目を背けて、勉強や部活に励もうとしている自分は、やっぱり逃げていたのかな。


 こんな風に、莉梨を怒らせてしまう私なら、いっそ、この手も離して……



「やだ!」

 ぐるぐる回る、私の思考を吹き飛ばすように、莉梨が大きな声を上げる。


「私、みんなに可愛いって言われるよりも、瑠寧ちゃんの傍にいたいんだから! このままなんて、絶対嫌だから!」

「え、えっと、莉梨、少し落ち着いて……?」

 小さい頃、大泣きすると、なかなか止まらなかった莉梨が、頭をよぎる。そんな時は、同い年だけど、私が落ち着くまで頭を撫でて……


「莉梨。卵が割れちゃうよ?」

「あっ……」

 あの頃から鍛えられている、莉梨をなだめられそうな言葉が、咄嗟に口をついた。ぬいぐるみの卵が、少し変形しそうなほどに、感情が爆発しかけた腕に力がこもっている。


「ご、ごめん、瑠寧ちゃん……これ、本物の卵じゃなくて、ぬいぐるみで……」

「それはもう、とっくに分かってるけど」

「ええっ……!?」

 むしろ、さっきので誤魔化せたとでも思っていたのだろうか。本気で驚いたらしい莉梨の表情に、ちょっと笑いが込み上げて、温かい気持ちも戻ってくる。


「むう、瑠寧ちゃん、笑ってる……! あっ、言いたかったのは、それだけじゃなくて……」

 今度は可愛らしく、頬を膨らませた莉梨が、深呼吸を始める。私も、しっかりと向き合おうと、心を決める。


「あのね、卵を温めるって言えば、瑠寧ちゃんともっと近付けるって、そうしたいって思ったんだ。

 だって、だって……私、瑠寧ちゃんのことが、好きだから!」

 顔を真っ赤にして、言い終えてから呼吸も荒いままの、莉梨を真っ直ぐに見つめる。


「これは、もう温めなくてもいいかな」

「え……!」

 緩んだ腕から、卵のぬいぐるみをひょいと引き抜けば、絶望の表情が映った。



「直接、莉梨に触れたいって、思ったから」

「……っ!! る、瑠寧ちゃん……!」

 自分の気持ちのままに、ぎゅっと抱き締めれば、腕の中で莉梨が大慌てして、それから抱き返してくれたのが分かる……本当に、可愛いんだから。


「嫌な思いをさせちゃって、ごめんね。私も、莉梨のことが大好きだよ」

 答えは、最初から私の中にあったはずなのに、どうして意地を張ってしまったんだろう。自分に素直になってみれば、はっきりと分かる。


「ううん……瑠寧ちゃん。私、すっごく、すっごく嬉しい!!」

 私の胸の中で、莉梨が大きな声を上げて、ちょっと涙も交じっていそう……


「莉梨……」

「瑠寧ちゃん? んっ……」

 身体が自然と動いて、莉梨に顔を寄せれば、私達はそのまま、唇を重ねていた。



「莉梨のおかげで、私の気持ちの卵、ちゃんと孵ったみたい」

「えへへ……嬉しい。瑠寧ちゃん、大好き……」

 初めての味を分かち合った後、唇を離しても、まだ抱き合ったままの私達の隣では、莉梨がたくさんの時間をかけて縫い上げてくれただろう、卵がまだ温かさを保っていた。

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手縫いの卵を温めて 孤兎葉野 あや @mizumori_aya

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