第10話 ダウナー系図書委員コヨミ

「あっ!貴方が噂の二代目勇者レイヴン先生ですねっ!模擬戦素晴らしかったですっ!」

「ところで今ホットな話題の件ですがっ!猪突桃進娘プリム嬢と歩く人斬り包丁カグラ嬢が先生を賭けて決闘をされると云う話は本当ですかっ!?」  

「保健室でプリム嬢とベッドで激しく揉み合ったそうですが何を揉んだんですかっ!?揉み心地は如何でしたかっ!?」

「先生の好みはどんな女性ですかっ!?子供は何人欲しいで―――」


 バターンッ!⋯と云う音と共に放送委員と新聞部員、その他野次馬生徒達が締め出された。


「⋯疲れた⋯」


 勇者養成学園女子分校男子寮。

 其処は今はほぼ使われていない施設である。

 偶に年老いた用務員さんや守衛さんが宿直で使うぐらいだ。

 男子寮の外ではまだ喧騒が続いている。

 入れろ!報道の自由だと騒ぐ生徒達を、生徒会メンバーが散らしている。

 

「後でお礼言わないと⋯」

 

 ポプリ校長から取り敢えず男子寮の位置を聞き、とぼとぼ歩いていたら突撃取材班達に囲まれたのだ。

 あわあわしてる内に生徒会が現れ、男子寮まで誘導して貰い助けて貰った。


「はははっ!モテる男は辛いねぇっ!」


 割烹着を着た恰幅の良い中年女性がカラカラと笑う。

 男子寮の内側から引っ張り込んでくれたのはこの人である。

 目の前のテーブルにはホカホカと湯気を立てる美味しそうなご飯が有る。

 シチューにパン、サラダにフルーツ。

 牛乳も付いている。

 理想的な給食である。


「すまないけど明日からご飯は食堂に食べにおいで。私の目の黒い内は勝手な事させないからさっ!」

「有り難う御座います」


 彼女は学食を切り盛りする職員さんである。

 所謂食堂のオバチャンだ。

 

「あたしがもう二十年若かったら放っとかなかったんだがねぇ」


 オバチャンの目が妖しく光り、レイヴンが身を震わせる。


「あはは、はは⋯」

「なんて冗談さっ!あたしゃ旦那一筋さねっ!まぁ娘が年頃だけどねっ!どうだいっ!ちゃんと育ってるよっ!嫁にすんなら料理が美味い娘にするんだよっ!ま、うちの娘の料理の腕はまだまだなんだが―――」

「あ、それじゃぁ私は此れで⋯ご飯、頂きます」


 止まらないお喋りに引き攣った笑顔で応えつつ、レイヴンはトレイを持って二階へと向かう。

 男子寮の一階は食堂や風呂場が有る。

 寝室は二階より上となる。

 レイヴンは適当な部屋に入る。

 今この施設の入居者はレイヴン唯一人だからだ。


「はぁ⋯」


 溜め息を吐き出しながら聖剣を棚に置く。

 勇者記念館から連行されてそのまんまだったので、手荷物等は無い。

 ホテルから荷物を取って来なければならない。

 田舎にも連絡せねばならない。

 やる事が多い⋯が、兎にも角にも―――


「疲れた⋯」


 ベッドに寝転がる。

 テーブルに食事を置く。

 今直ぐ食べる気力が湧かない。


「柔らかい⋯」


 入居者はゼロでも管理はしっかりしていたらしい。

 埃臭くもなく、清潔なベッド。


「落ち着く⋯」


 レイヴンは取り敢えず頭を空っぽにしてボウッとする事にした。

 しかし⋯


 ⋯カリカリ⋯カリカリ⋯


「⋯⋯⋯なんだ?」


 まるで猫ちゃんが爪研ぎをしている様な音が壁から聴こえて来る。


「猫ちゃん?」


 レイヴンはとても疲れていた。

 体よりも心が疲れていた。

 猫派か犬派か問われると猫派かも知れない。

 猫をモフモフして癒されたい。

 レイヴンは窓を開けて外を覗く。


「せんせぇ〜⋯せんせぇ〜⋯あけてぇ〜⋯いれてぇ〜⋯」


 ピンクの毛並みの一匹狼で狂犬な猪が爪研ぎをしていた。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 ピシャリと窓を閉める。


(見なかった事にしよう)


 レイヴンはプリムをか弱い女子生徒と思ってるので安心しているが、プリムの身体能力なら身体強化無しで壁をよじ登り夜這いも可能だ。

 しかしそれは出来ない。

 何故ならカグラとの決闘を決めてしまったから。

 カグラが去った後、レイヴンに抱き着こうとするプリムをポプリが止めた。

 不機嫌になるプリム。

 決闘まで一週間有る。

 レイヴンを吸って英気を養おうとしていただけだ。

 しかしポプリの話を聞いて顔を青くする。


「え?し、知らないよ、僕⋯な、何それ?」


 説明を受けプリムはショックを受けた。

 自分の迂闊さを呪った。

 考えてみれば何時も決闘する時は学食のプリンや、ステバ⋯王都珈琲チェーン店ステラバックス⋯の新作とかを賭けていただけだった。

 初代勇者時代の決闘システム等知らない。

 男を賭けての決闘の場合、決闘が終わるまでは男との接触禁止。

 偶々すれ違ったり、多少の日常会話ならOKだが、放課後二人切りで会ったりはNGだと云うのだ。

 此れを破ればプリムの不戦敗。

 レイヴンはカグラと結婚し、プリムはカグラの許可が無くばレイヴンとイチャイチャするどころか話し掛ける事すら出来なくなる。

 とんでもないシステムである。


「いや、それ、俺の意思は?」


 ショックを受けるプリムと一緒に説明を聴いていたレイヴンの訴えは女達に無視された。

 ともあれ一週間後の決闘で、レイヴンはプリムかカグラのどちらかと結婚する事になってしまう。


「いやいやいや、無いから。それは無いから」


 校則で許されてるからと云って、教師と生徒が結婚等有り得ない。

 貴族が通う学校だと割と有る事なのだが、田舎で教鞭を取っていたレイヴンには理解出来ない常識だった。

 都会の常識は田舎の非常識、貴族の常識は平民の非常識⋯なのである。

 

「なんとか無効試合に出来ないかな⋯」


 プリムは可愛いしカグラも美人だ。

 もしも健全な恋愛の末での結婚なら許容出来る。

 しかし、獣じみた欲望で襲いかかって来るプリムに、何処か危険な香りのするカグラ。

 賭け事の賞品の様に扱われる自分。

 レプリカ聖剣と此れは違う話だ。

 断固として拒絶すべき事案である。

 

「そうか⋯先ずは校則を調べよう」


 何か校則の穴を突ける隙が有るかも知れない。

 

「校長は⋯頼れないな⋯」


 信じ難いがあのロリロリエルフ校長は、レイヴンと女子生徒の子作りを推奨している節が有る。

 自分は種馬ではないのだ。

 確かに複数の女性との交際は少しだけ憧れる面は無くも無い。

 しかしこの学園には何人女子生徒が居ると云うのか。

 プリムやカグラが特殊なのは解るが、あの二人だけと云う事も無いだろう。

 毎日ずっと貞操の危機に怯える生活等身が持たない。

 何とかしなければ。

 レイヴンは起き上がると食事を取る。

 冷めていても美味しかった。

 一階に降りて食器を洗い、恐る恐る外へ出る。

 誰も居ない事にホッと胸を撫で下ろす。

 スマホを起動してみる。


「勝手に⋯まぁ良いか⋯」


 地図アプリを起動しようとしたら、勇者学園専用アプリがダウンロードされていた。

 ロリババア校長の仕業だろう。

 だがこの際利用させて貰う。

 レイヴンは案内図を拡大、目的地を確認してコソコソと移動する。

 そうして辿り着く。


「おお⋯流石だな。村の図書館と全然違う⋯」


 石造りの立派な建物に辿り着いた。

 勇者学園図書館である。

 校舎は結構新しい感じだったが、この図書館は歴史を感じさせる。

 レイヴンはキョロキョロしながら建物に入る。

 図書館のカウンターに少女が一人座っている。

 何かの本を読んでいた。


「⋯何をお探しですか?」


 その女子生徒が本を閉じて話し掛けて来る。

 図書委員と書かれた腕章を巻いているので、図書委員なのだろう。


「あの⋯校則⋯えーと、初代勇者時代の古い校則とか、知りたいんだけど⋯」

「⋯それならこちらです。レイヴン先生」


 そう云って歩き出す女子生徒。

 名前を呼ばれた事に苦笑するレイヴン。


「あ〜⋯俺の事知ってるの?」

「⋯コヨミと云います。宜しくお願いしますね。⋯先程の戦いは⋯スマホで観戦させて頂きました。⋯今度聖剣見せて下さい」


 コヨミと名乗った図書委員がフフッと笑う。


「あ、ああ、今度ね⋯」


 やや緊張するレイヴン。

 出会う生徒出会う生徒がエキセントリック過ぎるので、このダウナー系図書委員にも変な警戒心を抱いてしまう。

 コヨミに案内されて図書館の奥の奥へと潜る。

 古めかしい建物の中に更に古い⋯時代を感じさせる場所が有った。


「⋯此方は旧館です。絶版本、稀覯本も多いので、気を付けて下さいね⋯」

「え、えーと⋯」

  

 オロオロしてるとコヨミが何冊か本を持って来てくれた。


「⋯この子達ですよ。閉館時間が近いのでお早く⋯。旧館の子達は貸し出し不可ですから⋯」

「有り難う」

(利用者が少ないのはもう閉まるからか)


 旧館まで案内されている時に、数えるぐらいしか生徒を見かけなかった。


「さて、やるか」


 時間も無い。

 急いで初代勇者時代の校則を調べる。


「先ず、相手を殺したら退学⋯⋯⋯当たり前だろう」


 本当に男の取り合いに関する校則が並んでいて目眩がするが、読み進めてみる。


「⋯⋯⋯ああ、ポプリ校長が模擬戦模擬戦言ってたのはこう云う事か⋯」


 レイヴンとプリムが行ったのはあくまで模擬戦。

 なので勝敗や決着は必ずしもハッキリさせなくても良いと云う事だ。

 確かに勝敗の決め方やルール等、曖昧なまま始まり曖昧なまま終わった。


「カグラは強そうだったけど⋯プリムが勝ち越してるんだっけ?」


 刀の抜き方と云い指導の上手さと云い、只者ではないのは解る。

 もしやルールとかで勝敗が左右されるのかも知れない。

 決闘にも色々有り、チーム戦も有れば盤上遊戯を使った頭脳戦も有る。

 中には男の胃袋を掴めるかどうかの料理対決に関する記述も有った。

 頭を使った勝負ではないだろうが、プリムが有利なルールならカグラにも勝てるのだろう。

 確かにプリムはやたらすばしっこかった。

 スピード勝負ならカグラにも勝ち越せるのかも知れない。

 そうして十何分が経った頃。

 夢中になって読み進めていたら、いつの間にか背後に立っていたコヨミに話しかけられた。


「⋯先生⋯もう閉館します、ので⋯」

「ああ、ごめんね」


 レイヴンは本を閉じる。

(それにちょっとトイレ行きたいし。丁度良いか)


 まだ一週間有る。

 明日もまた来れば良い。


「あれ?此れ何処だっけ?」


 戻す場所が解らなくなってしまった。


「⋯こっちです⋯あ」

「おっと」 


 場所を教えてくれたコヨミが躓き倒れかける。

 それを受け止めるレイヴン。

 体重を支える為に古く立派な柱に片手を突き⋯

 

 ―――ガコンッ―――


「え?」


 音を立てて柱の一部が凹む。

 更に、ゴゴゴゴゴゴ⋯と云う音が響き本棚が勝手に動き始める。

 咄嗟にコヨミを見ると、彼女も目を見開いて驚愕していた。

そしてゴゴンッ!と云う音と共に⋯⋯⋯扉が現れた。


「⋯な、なんで⋯先生?まさか⋯此れが目的で?」


 怯えた様にレイヴンを見上げるコヨミ。

 それはそうだろう。

 閉館間近の図書館、誘導される様に案内させられた旧館にて、狙い澄ました様に仕掛けを動かし隠し扉を出現させたのだ。

 レイヴンだって疑う。


「いやいやいやっ!俺は何にもしてないって!何も知らないっ!偶然だからっ!」

「⋯でも、コヨミもこんな場所、知らない⋯」


 震える指で扉をなぞるコヨミ。


「⋯考えられるとしたら⋯特定の魔力パターンに反応した?此処は初代勇者時代から続く建築物⋯先生が本当に初代勇者の血を引く者なら、その可能性も⋯」

「あの、コヨミ⋯?」


 ぶつぶつ呟き出したコヨミに話し掛けるレイヴン。


「まさか」


 コヨミが顔を上げる。


「この先に⋯勇者に纏わるアイテムが?」


 そう言ってコヨミが恐る恐る、隠し扉のドアノブに手を掛けたのであった。

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