第9話 夫婦に成れば何時でも斬れる
「そろそろ潮時か⋯」
カグラは自室にて筆を取る。
書くのは退学届。
カグラの生家は此の王都には無い。
長い時の中で初代剣聖の子孫達はあちこちに散らばってしまった。
此れは初代剣聖の性分が遺伝したのだと云われている。
元々放浪癖の有る人物だったと聞く。
魔王討伐後、子供が出来た後は王都に腰を落ち着けたものの、子供が成人した後は王都を飛び出し行方不明。
何処か遠い地にて野垂れ死んだのだとされている。
カグラの一家も王都から離れた場所で暮らしており、剣聖の子孫だと云うのもなんとなくしか伝わっていなかった。
カグラは刀術が好きだった。
いずれは刀を極める事を目標とした。
しかし師でもある父から教えを受ける。
王都の勇者学園には勇者、賢者、聖女、剣聖を目指す若者達が集うと。
確かに興味の湧く話だった。
刀を極めるのは最終目標として、あらゆる武具に精通しておかねば剣聖には成れない。
特に剣聖には拘っていない。
こうすれば剣聖に成れるとかの指針も無い。
魔王も居ない。
モンスターを倒したり、紛争地帯に行って人を斬るのもまた違う。
そう、カグラはライバルを求めていたのだ。
「勇者、剣聖を志す者達か⋯楽しみだな」
カグラはそうして、期待に胸を膨らませて勇者学園の門を叩いたのだった。
入学と云うか、編入は問題無かった。
筆記に実技、魔法の試験。
剣聖の直系で有る事も魔力パターンから証明され、特待生枠として入学した。
しかし、いざ始まった学園生活は失望の日々であった。
彼女が求める様な強者は居なかった。
居るには居るがもっとこう、鎬を削る様なライバルと呼べる相手が居ない。
確かにプリムは面白かった。
勇者を目指す直系子孫。
才能と身体強化でゴリ押しする戦法は、カグラの性格と相性が悪かった。
正面からぶつかるプリムを技でいなそうとして敗ける。
正面からぶつかるプリムを力技で捻じ伏せようとして敗ける。
しかしフェイントを混ぜて撹乱し、魔法も放ってリズムを崩せば途端に御し易くなりアッサリ勝てる。
思い付いた技を試し斬りしてみて敗ける。
カグラにとってプリムは、新しい技を試す壊れない巻藁の様な存在となっていた。
しかし、それでは友とも好敵手とも呼べない。
他の貴族令嬢達とは肌が合わない。
もう潮時かと思った。
御先祖様の放浪癖が疼き出した。
もう此処には用は無い、と。
「何か騒がしいな」
学園から支給されたスマホとやらを見ると、新着のニュースやメッセージが大量に届いていた。
「何か有るのか?」
カグラは退学届を懐に入れて闘技場に行ってみた。
其処で見た。
化け物を。
「なんだ、アレは?」
形振り構わぬ獣の様な戦い方をするプリム。
(あの動き―――私でも避け切れるか?)
カグラもプリムとの決闘は本気ではなかった。
しかし、プリムも本気ではなかったのだ。
否、腹芸や出し惜しみが出来るタイプではない。
コンディションに左右されるのだろう。
つまり、今彼女が立ち向かう相手が余程の強者だと云う事。
「強者?アレが?アレは―――人なのか?」
武術の心得の無い素人の足運び。
魔力を込めた目で見ても何の身体強化や支援魔法も掛けていない。
未来を読んでる訳でもない。
目で見てから反応している。
「斬れるか?」
震える手で鯉口を切ってみる。
「いや、無理だ」
プリムの目潰しした指がひん曲がる瞬間を見た。
例え首筋に刀を当てても砕け散るのは我が愛刀。
「面白い⋯面白いっ!」
沸々と心が沸き立つのを感じる。
心臓が高鳴る。
「斬ってみたい」
あの二代目勇者と云う男を斬ってみたい。
カグラは産まれて初めてと思える程、大きな胸の高鳴りを感じていた。
「む⋯終わった」
二代目勇者⋯レイヴンは本当の最後の最後と云うプリムの突撃をアッサリ受け止め勝利。
何処かにプリムを抱いて走り去ってしまう。
静かに後を追うカグラ。
その際、観客の一部と目が合う。
プリム、カグラと同じく学園最強に挙げられる者達。
彼女達とも話してみたいが今はあの勇者の方が優先度が高い。
魔力の残滓を追うと保健室に辿り着いた。
扉の前で聞き耳を立てる。
泣きじゃくるプリム。
優しくあやすレイヴン。
意外な展開だがどうでも良い。
会話の内容から、レイヴンの弱点を探りたい。
「ふふ、気になるかの?」
盗み聞きに夢中になってて気付かなかった。
校長のポプリだ。
彼女もカグラが勝てないと判断する強者である。
只彼女は戦うフィールドが違うので、斬ってみたいと云う欲望は湧かない。
勇者が巨大な岩だとしたらポプリは海だ。
海を刀で割る事も楽しそうだが、岩を真っ二つにしたり粉々にした方がきっと楽しい。
ポプリはカグラを咎めずに保健室へと入って行く。
ポプリも混ざって更に混沌とする会話。
カグラはその場を後にする。
二代目勇者の人隣は一応把握した。
プリムの想いも。
ならば此処は一つ⋯
「色仕掛けか」
ハニートラップと云う奴である。
保健室から距離を取ったカグラは、レイヴンが出て来るのを待つ。
そして一人切りで剣を振り出した所で声を掛ける。
(此れが聖剣⋯確かに⋯何と云う圧か⋯)
プリムが好んで振り回す素振り用の鉄塊。
アレの何百倍、何千倍もの質量が有る様に感じる。
プリムがやたら拘るのも頷ける。
しかしカグラは刀術専門なので聖剣自体には興味が無い。
凛とした母を思い浮かべながらおしとやかに振る舞う。
指先で身体に触れて胸も押し付けてみるが⋯色仕掛けは効果が薄い様だ。
保健室内でもプリムを拒絶していたし。
(ふむ。生意気な)
それはそれで燃えるものが有った。
王都の貴族令嬢達の様な華やかさは無いが、美しさには自信は有る。
そんな自分を袖にするとは⋯
(む、待てよ)
記憶の底に、父母からは結婚相手も見つけて来いと言われていた事も思い出す。
(そうか。夫婦になれば何時でも斬れるじゃぁないか)
ならば次善策。
走り寄って来る熱量を感じる程の魔力に心をときめかせながら、レイヴンを誘惑し続ける。
そして遭遇するプリムは別人の様に熱かった。
あのプリムなら、本気で斬ってみたい。
プリムを斬れば、もしかしたら勇者の本気が見れるかも知れない。
「かっかっか!楽しみだ」
カグラは懐に仕舞ったままだった退学届を宙に放り投げ、刀を一閃。
ハラハラと紙吹雪が舞い散る中、歩む。
「私は最高の友と夫を得られそうだ」
斬り応えの有りそうな友に、生涯を賭けても斬れるかどうか解らない夫。
その両方がもう直ぐ手に入るのだ。
血湧き肉躍る死闘を思い、悦びに身を打ち震わせながら、初代剣聖直系子孫、カグラが微笑む。
その笑みはとてもとても楽しそうで、幸福感に満ち溢れた笑顔であった。
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