歩く人斬り包丁カグラちゃん

第8話 地獄の決闘システム

「はぁ〜〜〜⋯酷い目に遭った」

 

 レイヴンは疲れた溜め息吐き出す。

 

「お前が助けてくれたのか?いや、まさかな⋯」


 片手に持ったレプリカの聖剣に話し掛ける。

 ポプリに動画を撮られながらプリムに最後の一線を越えられかけた時、何者かがこの聖剣のレプリカを窓から投げ入れてくれたのだ。

 驚くポプリ。

 ベッドに突き刺さる聖剣のレプリカ。

 ひっくり返るプリム。

 ⋯ちなみに素っ裸でひっくり返ったプリムの二つの穴と云うか線一本と小穴一つ、バッチリ見てしまったレイヴン。

 慌ててポプリからスマホを奪い返し、思わず聖剣を引き抜いて逃走した。

 衣服は走りながら整えた。

 プリムはレイヴンの手足を拘束する為にシャツやズボンを中途半端に脱がして固定していた。

 なので何とかそれをずり上げ事無きを得たのである。

 

「むおおおおっ!煩悩退散っ!」


 年下とは云え成人済みの女性に裸で襲われたのだ。

 レイヴンも男だ。

 何も感じない訳が無い。

 腹に感じた柔らかい双丘、鼻腔をくすぐる甘い匂い、首筋に甘噛みして来た歯の感触、目に焼き付いた秘密の花園。

 全てを振り切る為に、無意識の内に素振りを始めていた。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 がむしゃらに聖剣を振るう。

 皮肉にも、その場所はプリムが日課で鉄塊を振り回す自己鍛錬の場⋯校舎裏であった。


「型が目茶苦茶だな」

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はいっ!?」


 いつの間にか側に女性が立っていた。

 スラリとした長身の美女。

 大人びた雰囲気から女性教師かと見紛うが、学生服を着ている。

 勇者学園の生徒なのであろう。

 青味がかった黒髪をポニーテールにしている。

 瞳も薄っすらと青い黒である。


「剣術は専門外なんだが⋯少し手解きをしようか」


 そう云う彼女が腰に佩いているのは曲刀だ。

 細身で、刀身が弧を描く様に曲がった刀剣だ。


「刀⋯刀術?」

「そうだ。専門は刀術だ。だが剣聖剣を選ばず。初代剣聖は木の枝で山を割ったとも云われる。ふふふ、誇張された逸話かと思ったが、先程の戦いを見たら考えが変わった。二代目勇者レイヴン殿」


 そうして始まる青空ゲリラ剣術教室。


「腰はもっとドンと据える感じだ」

「はいっ!」

 

 女生徒の長くしなやかな指がレイヴンの腹をくすぐる。

 

「腕はもっと脇を締めて」

「はいっ!」


 女生徒の胸が二の腕に押し付けられる。

 長身スレンダーな見た目から目立っていなかったが、この娘もかなり大きい。

 多分、脂肪の下の大胸筋が鍛えられているのだろう。


「目線は真っ直ぐ、顎を引いて」

「はいっ!」


 女生徒の指先がつつつとレイヴンのおとがいを撫でる。


「どれ、振ってみてくれ」

「はいっ!」   


 言われた通りに姿勢を正してから剣を振り下ろす。


「おおっ!?」


 素人目でも明らかに早さが違う。

 聖剣の切っ先が風を切る音が聞こえ、振り切った時に地面が微かに抉れる。


「筋が良いな。筋と云うか、素直だな。普通はその年で年下からの指導等素直に受け入れられないだろうに」


 女生徒が薄く微笑む。

 最初は冷たい印象を持ったが、優しく柔らかく笑うものだとレイヴンは見惚れる。


「教え方が上手いだけだよ。それに俺は剣術は素人なんだ。教師ではあるが⋯いや教師だからこそ、学ぶ姿勢は常に持っておきたい、んだっ!と⋯」


 見惚れてしまった事を誤魔化す様に素振りを続けるレイヴン。


「ふむ、存外真面目なのだな。気に入った」


 女生徒がスラリと刀を抜く。

 所作も美しく、まるで舞を舞っているかの様な優雅さが有る。


「あの桃色猪を完封する膂力、しかし力に溺れぬ謙虚さと平常心、我が夫に相応しい」

「いやアレはあの娘が弱かっただけで⋯」


 それに謙虚さと平常心?

 さっきは目に焼き付いたプリムのお胸やお尻やお股の映像を聖剣を振って掻き消していただけだ。

 あと⋯


「夫?」

「ああ、並の男は私の魔力を受けて立って居る事も出来ぬ。背後から殺気と魔力をぶつけていたのだがな。ああも平然と素振りを続けられるとは思わなんだ。肝が座っているのか。私如き敵ではないと云う事か。ふふふ」


 女生徒が質問に答えてくれない。

 更に気になる事も言って来た。


「殺気?魔力?」

「かっはっはっ!剛毅よなぁ。流石あのプリムを弱いと言い切るだけはある。ならあの馬鹿に負け越している私も弱者か。ふっふっふ、面白い」

 

 女生徒が腕を組んで豪快に笑い出す。

 此方のが素なのかも知れない。

 先程のおしとやかな雰囲気とはまた違った魅力が有る。

 女生徒はゆっくりと刀を持ち上げる。

 レイヴンの方に向けた刃の切っ先はその背後を示していた。


「では勝負といこう。男を賭けて」

「カグラぁぁぁ⋯」

「げ」


 振り向いたら猪が居た。

 一匹狼の狂犬の猪突桃進娘。

 最早キメラみたいに取っ散らかった異名を持つ初代勇者直系子孫が、カグラ⋯初代剣聖直系子孫を睨み付けている。


「ほほぉ、嬉しいぞ?そんなに真っ直ぐ見てくれたのは初めてだな」

「僕の先生に手を出すなっ!」

「それは決闘で決めよう。この殿方は私にこそ相応しい」

「いや決めないで?先生は誰の物でもないからね?」

「いいや決まる」

「校長っ!?」

 

 いつの間にか第四の影が有った。

 小さい頭に合ってない学帽を被り、ぶかぶかのアカデミックドレスを引き摺る超合法ロリババアクォーターエルフ⋯ポプリちゃんである。


「初代勇者時代の校則じゃ。女子学生二人以上が男子学生及び男性教師を取り合う場合、公平に決闘で決めるのじゃ」

「そんな校則有るっ!?」


 今までは問題無かった校則だ。

 何しろ男が居ないのだから。

 だが今は違う。

 飢えた狼の群れの中に落とされた羊の様に、パワーオブパワーみたいな脳筋娘集団の中に勇者が落とされたのだ。

 彼女達は十五歳以上。

 成人済みでありながら、結婚相手は自分より強い男じゃないと嫌だとゴネるゴリ⋯貴族令嬢達なのだ。

 すでに婚約者も居て、この学園を通過点としてしか見ていないその他大勢も居るが、プリムやカグラの様な娘達も存在している。

 欲しい物は必ず手に入れる。 

 立ち塞がる敵を打ち倒して。


「敗けた方は勝った方が孕むまでその男に手出し出来ん」

「結局どっちにも喰われとるやん」

「そうかの?孕むまで手出し出来んと云う事は、恋焦がれる男が憎き恋敵を孕ませるまで指を咥えて見ているしかない。地獄じゃぞ〜」

「そんな地獄みたいな校則失くして下さい」

「その校則が無くば男は搾り取られて腹上死じゃい」

「うわぁ」


 世のモテナイ童貞諸氏には天国の様に思えるかも知れないが、時代背景を考えると結構笑えない。

 今も若干だが女性の人口割合が多いのだ。

 魔王軍が男を殺しまくった直後なんて、男は本当に貴重だったろう。 

 きっと愛し合う一人の女性と添い遂げるとかは無理だった筈だ。

 種馬の様に若い頃は女に襲われ続け、年老いた後は自分の子種が優秀だったかどうかで一喜一憂する。

 平凡な子が育つなら良い。

 だが下手に優秀な子が現れでもしたら種馬としての価値が急騰する。

 どんなに年老いても精を搾り取られただろう。

 男は正に子作りマシーンに過ぎなかった。

 恐ろしい暗黒時代である。


「仕方無かろう。棒が一本に穴二つなんじゃ」

「生々しい言い方しないでっ!」

 

 レイヴンが校長に抗議してる間にも、二人の勇者パーティーの直系子孫が睨み合う。


「今からやるの?いいよ、何時でも」

「一週間待ってやろう。それまでに万全に整えておくのだな」


 カグラはフェアに勝ちたかった。

 あの激戦直後のプリムを倒しても周りが⋯いや、自分が納得出来ない。


「首を洗って待っておけ」

「そっちこそ。僕が勝ったら先生に近付かないで」


 プリムの言葉にカグラは呵々大笑。


「はっはっは。それは良い。なら私が勝ったら婚姻届を提出し、私の許可無くば勝手にまぐわれない様にしてやろう」

「あの⋯俺の意思は?」

「心配するな。重婚も可能と云ったじゃろう?じゃが序列を決める時に血を見るからの。覚悟しておけ」

「だからなんで⋯いや、もう良いです」


 レイヴンが天を仰ぎ己が身の不幸を嘆く。

 

(此れが、此れが勇者の試練なのかっ!?)


 自分はレプリカの聖剣を手にしてしまっただけなのに。

 レイヴンの嘆きは何処の誰にも届かず、青空へと吸い込まれて行くのであった。

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