第6話 猪突桃進娘プリムちゃん

 勇者学園闘技場。

 其処は実技試験や学内トーナメント、その他催し物で使われるイベント会場である。

 今其処に、学園内に居る者達が集まりつつある。

 文武両道よりかは若干脳筋気味の校風の為、揉め事を決闘で決めたりする場合も多々あった。

 しかし今日は特別。

 初代勇者直系子孫VS二代目勇者。

 この好カードはそうそうお目にかかれないだろう。

 急遽決まったばかりの決闘なのに、スマホに依る口コミ効果であっという間にギャラリーが集っていた。

 皆が期待していた。

 あの間抜けな聖剣引っこ抜き動画の男が本当に勇者なのかこの目で見て確かめたい。

 入学当初から上級生に噛み付き無敗を誇る一匹狼なピンクの狂犬がボコボコに敗ける様を見て嘲笑いたい。

 鳴り物入りの勇者が勝つのか。

 初代勇者の血を色濃く受け継ぐ女が勝つのか。

 期待と興奮が観客席に満ち溢れていた筈だった。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 しかし、ギャラリーの期待とは裏腹に、決闘はやや白けたムードで進行していた。


「うああああああああああっ!」


 プリムがレイヴンに殴り掛かる。

 俊敏な動きで足を払い、鳩尾に拳を突き刺し、目潰しをし、股間を蹴り上げる。

 プリムが身体強化を以てそれらを行えば、払われた足は千切れ飛び、胴体に穴が空き、脳髄が破裂し、股間は腹までひしゃげていた筈だ。

 しかし⋯⋯⋯


「ははっ、痛い痛い」


 レイヴンは笑いながらプリムの攻撃を全て受けていた。

 

(凄く速い気もするけど、あのレプリカを持ち上げられないくらいの力だもんなぁ〜)


 目に指を突き立てられた時は流石に吃驚したが、目潰しをしたプリムはすぐに指を抑えて離脱した。

 まるで突き指でもしてしまったかの様だ。


「ば、化け物⋯」


 冷や汗を流しプリムが独りごちる。

 足を蹴り払った脛が痛い。

 鳩尾に叩き込んだ拳が痛い。

 目潰しをした指が痛い。

 股間を蹴り上げた膝が痛い。

 それ以外にも、何処を殴っても蹴ってもびくともしない。

 ポプリ校長が決闘前の取り決めで聖剣の、武器使用を禁じた。

 ならば勝ち目は有ると思えた。

 あの聖剣が特別なのだ。

 この男は特別ではないのだ。

 自分こそが特別なのだ。

 その筈なのに―――


「はぁっ、はぁっ、はぁっ⋯くそっ!」


 打つ手が無い。

 いつも力技のゴリ押しばかりだったのでサブミッション等は苦手である。

 しかしあの男に飛び付いて関節を極めても多分効果は無いだろう。

 どうやっても勝てるイメージが湧かないのだ。


「―――――――――――――ダサっ」

 

 ざわつく観客席からの失笑。

 それがプリムのスイッチを押した。

 プライドを刺激された訳じゃない。

 有象無象に馬鹿にされても気にはならない。

 ただ自分も思ってしまったのだ。

 癇癪を起こした様に決闘を挑み、手も足も出ず、攻撃する度にダメージが蓄積していく。

 ダサい。

 とてもダサい。

 プリムが目指す、真の勇者等には程遠い。


「うがぁあああああああああああああああああっ!」


 プリムが本気を出す。

 出し惜しみ無しのフルスロットルだ。


(勇者とか家とかっ!夢とか何とかっ!全部後回しだっ!) 


 勝てる勝てないじゃない。

 今挑まねば、折れてしまう。


(此処でっ!全部出すっ!)

「がぁああああああああああああああっ!」


 プリムの雄叫びが空気を震わす。

 白けた空気が流れていた観客席に緊張感が走る。

 プリムは馬鹿にされていた。

 勇者学園の生徒達のほとんどは、客観的に見て有象無象である。

 しかしそれも仕方の無い事。

 魔王は倒され、勇者の必要無い平和な時代なのだ。

 入学する者達は勇者学園のブランド目当てで入る者が多い。

 長年培われたカリキュラムは洗練されており、戦士としても魔法使いとしても、将来上を目指す為には有意義である。

 つまり、将来の夢を叶える為の通過点。

 それがその他大勢の学生達の本音であった。

 だからこそ、大真面目に勇者を目指すプリムは滑稽に映っていた。

 初代勇者や初代賢者等、勇者パーティーを目指す者はこの学園内でも数える程しか居ないだろう。

 しかし今、そんなその他大勢のギャラリーが圧倒されている。

 ビリビリと空気が震える。

 スマホの画面にノイズが走り不具合が起こる。

 場に広がるは膨大な魔力。

 皆が感じる。

 勇者への執念。

 本物の魂の輝きを―――


「い、いかんっ!」


 ポプリ校長が慌てる。

 今までの攻撃とは明らかに違う。


「だ、駄目だよっ!?それはっ!」


 レイヴンも慌てる

 しかしその反応を見て、逆にプリムは更に魔力を上げる結果となる。


(焦った!?つまり―――この攻撃は有効なんだっ!)


 この攻撃力ならば偽勇者に通じる。

 そう確信してしまった。

 しかしポプリやレイヴンの焦りの理由は少し違う。


「あんの猪突桃進娘っ!防御を度外視で全力攻撃する気じゃっ!死ぬ気かっ!?」


 単純な足し算引き算ではないが、プリムは今まで攻撃力に魔力を6、防御力に魔力を4ぐらいの割合で割り振っていたのだろう。

 だから不発や自爆時に多少のダメージを負うだけで済んでいた。

 しかし今は全力で攻撃力を上げている。

 その為に筋肉はビキビキと引き攣り骨も軋む。

 それに衣服に回していた魔力保護も止めたので、プリムの強大な魔力により制服も千切れ飛び始める。

 勇者学園の制服は物理攻撃にも魔法攻撃にもかなり耐性を持っているが、初代勇者直系子孫のフルパワーには耐えられない。

 しかしプリムは気にしない。

 素っ裸になってでも偽勇者を打倒するつもりだった。


「いかんっ!止せっ!プリムっ!」


 今までは防御にも魔力を回していたのでほぼ無傷で済んでいたが、このままぶつかれば大怪我は必至。

 学園内にはかの初代聖女の直系子孫も居る。

 彼女の力が有れば致命傷は避けられる。

 だが、治るからと云って大怪我をする生徒を放置出来ない。

 校長は教師達に止める様に声掛けしようとし、躊躇する。


(儂含めて何人がプリムの特攻を止められるっ!?)


 止めるだけなら簡単だが、大怪我をさせずに、且つ決闘を邪魔しない大義名分を以て止めるのは至難。

 初代勇者直系の肩書は伊達ではない。

 精神面技術面は明らかに未熟だが、潜在能力は他の追随を許さない。

 止めに入ってもレイヴンの代わりに一緒にミンチになるだけだ。

 校長にもいくつか切り札は有るが、状況を整えてしまったのも悪く働いた。

 校長はレイヴンお披露目のデモンストレーションとしてプリムを使った。

 やや増長気味だったプリムに身の程を知らせる為でもあったが。

 この決闘はテレビ中継されている。

 観戦している生徒達にもスマホの動画撮影等を許可している。

 レイヴンにはプリムを圧倒して貰わなければならない。

 プリム自身は純粋過ぎる程に、ストイックに勇者を目指しているが、その他の勇者の家系の者達はそうでもない。

 初代勇者直系子孫と云うブランドの恩恵を受け、人生を謳歌している。

 腐敗しきっているとまでは言わないが、最早戦闘能力は期待出来ない。

 彼女の両親達も、どちらかと云えば商人の様な立ち位置だ。

 生粋の貴族でなく魔王討伐で爵位を持った成り上がり。

 初代以降は英雄や勇者も余り輩出せず、初代勇者のブランドを売りに王国内で資産を築いた家なのだ。

 此処に来て二代目勇者の誕生は危機感を煽るだけだ。

 プリムは感情的にレイヴンを否定していたが、プリムの家は政治的経済的理由でレイヴンを否定するだろう。

 特に初代勇者の子孫と云う肩書は、勇者学園に対して強い影響力を持つ。

 そしてそれに乗っかり利用する者達も現れるだろう。

 この茶番は、それを事前に封じる為の措置である。

 プリムの決闘に便乗した形だが、これが校長の狙いである。

 なので止められない。

 レイヴンは今のところ自ら攻撃をしていない。

 プリムの攻撃は全て効いていないが、外野から見れば派手な大技を連発するプリムの方が見栄えが良い。

 此処で最大奥義の様なものを出そうとするプリムを止めると、レイヴンを助けた様な形に落ち着いてしまう。

 それは不味いのだ。

 レイヴンには初代勇者直系子孫を圧倒して貰わないと困る。

 聖剣を抜いただけではまだ弱い。

 王国や、他の勢力を納得させるだけのものを見せつけないといえない。

 プリムには可哀想な生贄になって貰う訳だが、この公開処刑は本人も望んだ事。

 それに伸び悩み気味だった彼女も、レイヴンと云う壁が現れれば成長する可能性が有る。

 しかし、だからと云ってプリムに大怪我をさせるつもりは無かった。

 教育者としても、他の意味でも不味い。

 プリムに大怪我をさせたレイヴンと、それを見過ごした学園への非難が予想される。


(仕方有るまい)


 決闘が有耶無耶になってしまうが、生徒の危機に何もしない訳にはいかない。

 プリムが魔力を集中し練り上げていると―――


「プリムッ!」


 レイヴンが駆け出した。

 初めて二代目勇者から動いたのだ。

 其処に校長は光明を見出す。


(そうだっ!お主に任せたぞいっ!勇者レイヴンっ!)


 ポプリはレイヴンを信じて、事態の収拾を丸投げしたのであった。


「うああああああああああ―――あ?」


 プリムの顔が驚愕に染まる。

 まるで瞬間移動の様にレイヴンが目の前に現れたからだ。


(空間転移!?いや違うっ!)


 特攻中だったプリムに空気の壁がぶつかる。

 ソニックブームだ。


「ぐあっ!?」


 プリムの体が強引に急制動を掛けられ減速する。

 レイヴンが今さっきまで居た場所には地割れと砂埃が出来ている。

 一歩、只の一歩。

 縮地等と云う武道の高等技術ではない。

 只一歩だけで此処まで来たのだ。

 ガバッ!と両手を広げるレイヴンの真剣な表情に、プリムは初めて恐怖を感じる。


「ひっ」


 その眉根には皺が寄り、目付きが鋭い。

 怒っている。

 本気にさせてしまった。

 自分は殺される。


「い、いやぁああああっ!?」


 プリムの心が折れた。

 自分より強い存在なんて居なかった。

 勿論ポプリ校長や王国上位の騎士、S級冒険者等にはまだまだ敵わないとは思っている。

 だがいずれは追い抜いてやると思っていた。

 それなのに、こんなぽっと出の田舎者に後れを取る等有ってはならない。

 そんな見下した傲慢な心が打ち砕かれた。

 初代勇者の逸話を思い出す。

 攻撃魔法なら初代賢者に劣り、神聖魔法なら初代聖女に劣り、剣技武術なら初代剣聖に劣っていた初代勇者。

 勇者を勇者足らしめていたのは、ただひたすらに頑丈だったから。

 攻撃魔法も効かない。

 物理攻撃も効かない。

 何か特殊な魔法を使っていた訳ではない。

 ただ頑丈だったと云う。

 魔王軍幹部の首を捩じ切り、踏み出す一歩で大地を割った。

 魔王の奥義を受けても笑いながら受け切り、

 魔王と拳で殴り合い、素手で魔王の四肢を引き千切ったと云われる。

 聖剣を扱うから勇者だったのではない。

 勇者の膂力に耐え切れる武器が聖剣しかなかったのだ。

 勇者を志す者達が脳筋志向に走る原因である。

 

「プリム」


 レイヴンの手が伸びて来る。

 あの細く、剣を握った事も無いマメの無い綺麗な手。

 あの手が自分を無造作に引き裂ける凶器だと理解して、プリムは発狂しかける。


(殺される。首を捩じ切られる。四肢をもがれる―――)


 プリムは生首にされた後に、意識が失くなる前に残った体を解体される映像を思い浮かべる。

 そして最後に頭蓋骨を割られ脳味噌をぶち撒けられるのだ。

 其処までされれば蘇生魔法も意味を為さない。

 完全に死ぬ。


(しにたくないしにたくないしにたくないしにたくない―――)


 しかし、そんな事は起きなかった。


「女の子がっ!お肌を出しちゃ駄目でしょぉっ!?」


 レイヴンは上着を脱ぐと全身ボロボロのプリムの肩に掛ける。

 衣服への保護を切ってしまった為、プリムは半裸状態だった。

 上着のブレザーは原型を留めずスカートもビリビリ。

 ブラウスもボロ切れになっているし、パンティはズリ落ちブラジャーも千切れてポロリ寸前だった。

 レイヴンが慌てた理由はそれだった。

 良く解らないが力比べをしようとしてくる非力な女の子。

 しかし不慣れな身体強化や魔力放出をした為に制服がビリビリに。

 ギャラリーにはスマホを構えていた生徒も何人か居た。

 このままではプリムの半裸姿が写真や動画で拡散されてしまう。

 それではプリムの心と将来に深く傷を遺す事になる。


「ほらっ!」


 レイヴンは上着で包んだプリムをお姫様抱っこする。

 靴もすでに底が抜けて裸足だったからた。


「保健室っ!保健室は何処ですかっ!?」


 レイヴンは一番近くに居た生徒に訊ねる。


「あ、え〜と、あっちで、す⋯」

「よしっ!ありがとうっ!」


 レイヴンには知る由も無かったが、もしもの時の為に保健医や保健委員もギャラリーに混じって待機していた。

 その事を指摘する暇も無く、レイヴンは走り去る。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯えーと』


 レフェリー役の女性教師の戸惑った声が闘技場に響く。

 なんだか良く解らない内に終わってしまったが、あの超問題児、一匹狼の狂犬、猪突桃進娘プリムを完封した事は間違い無い。

 

『二代目勇者レイヴンの勝利⋯でぇす』


 ちなみに魔力で稼働するスーパーマジックフォンやテレビで撮影された映像だと、魔力解放したプリムは桃色の発光体となっており、彼女の裸身が動画で残る事は無かった。

 魔力解放前の映像でも、暴れ回るプリムはピンクの残像でしか残っていない。

 こうして二代目勇者レイヴンのお披露目は終わる。

 世間の反応は結局まちまちとなり、二代目勇者レイヴンの評判は、今の所保留となる。

 魔王復活の兆しすら無い現状では、先を争ってまで勇者確保に動く勢力は無かった。

 ポプリ校長の懸念は徒労に終わる。

 しかし一部の者達は違った。

 未熟ながらプリムの才能は明らかに群を抜いている。

 そんな勇者の卵を、赤子の手を捻る様に抑え込んだ男。


「ふふ⋯アレが二代目勇者様⋯」


 ざわざわとざわめく闘技場に、楽し気な呟きが漏れ、消えていったのだった。

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