第10話 Aランク冒険者、ジャン

 目を覚ましたとき、外は朝だった。


 柔らかな光が、医務室の窓から差し込んでいる。

 身体は重いが、痛みはない。


「……生きてるな」


 ジャンは、ゆっくりと息を吐いた。


 あの第六層。

 境界線の向こう側。

 思い出そうとすると、頭の奥がじんとする。


 だが、確かに――

 戻ってきた。


     ◆


「意識が戻ったそうだな」


 ギルドマスター、ガドルが部屋に入ってきた。

 相変わらず、表情は硬い。


「はい」


「無茶をした」


「……はい」


 否定はしなかった。


 ガドルは椅子に腰を下ろし、短く息をつく。


「だが、やり切った」


 その言葉に、胸の奥が静かに熱くなった。


「今日、臨時総会を開く」


「総会……?」


「お前の処遇を決める」


     ◆


 昼過ぎ。

 ギルドの大広間には、普段より多くの冒険者が集まっていた。


 ざわめきの中心に、ジャンがいる。


 だが、不思議と居心地は悪くなかった。

 敵意も、嘲笑も、感じられない。


 ガドルが前に立ち、声を張る。


「報告する。

 第六層調査任務、完了。

 単独での生還を確認した」


 空気が、張りつめる。


「よって――」


 一拍置き、告げられる。


「ジャンを、Aランク冒険者として認定する」


 一瞬の静寂。

 そして、どよめき。


 反対の声は、上がらなかった。


     ◆


「おめでとうございます、ジャンさん」


 ポーリンが、いつもより少し改まった声で言った。


「ありがとうございます」


 その一言に、実感がこもる。


 Aランク。

 それは、この街で数えるほどしかいない存在。


 だが――。


「地上作業は、今後も免除です」


 ポーリンは、申し訳なさそうに付け加えた。


 ジャンは、首を振った。


「わかっています」


 それでいい。

 最初から、そうだった。


     ◆


 夜。

 ジャンは一人、街の外れに立っていた。


 遠くに見える、ダンジョンの入口。

 暗く、深く、静かだ。


 地上では、相変わらずだ。

 重い荷は持てない。

 長く走れない。


 だが、もう迷いはなかった。


「……僕は、ここでいい」


 地上最弱。

 深層最強。


 それは、欠点ではない。

 役割だ。


 誰も行けない場所へ行く。

 誰も耐えられない深さに潜る。


 そのための力を、自分は持っている。


     ◆


 背後から、足音。


「似合わん顔で黄昏れるな」


 ガドルだった。


「Aランクだぞ。少しは浮かれろ」


「……性に合いません」


 ガドルは、短く笑った。


「そうだな」


 そして、真剣な目で続ける。


「これから先、お前の力は必要になる。

 深層は、まだ終わっていない」


「……はい」


 ジャンは頷いた。


 怖くはない。

 むしろ、はっきりしている。


 自分が進む道が。


     ◆


 夜風が、街を撫でていく。


 ジャンは、ダンジョンを見つめながら、静かに目を閉じた。


 村を出た日の空を、ふと思い出す。

 澄んだ青。


 あのときは、何者でもなかった。

 ただの、ノービスだった。


 今は違う。


 場所を選び、役割を選び、力を使う。

 それができる。


「……行こう」


 次の深層へ。

 次の未知へ。


 地上最弱のAランク冒険者、ジャンの物語は――

 ここからも、続いていく。

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地上最弱、深層最強①――体質改善ノービスの成り上がり譚 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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