第6話 単独任務という評価

 Eランク昇格の知らせは、静かに、しかし確実に広がっていった。


「……あの地下限定のやつだろ」


「地上じゃ荷物も持てないって話だ」


 好奇の視線と、疑念。

 称賛よりも、戸惑いが勝っている。


 ジャンはそれを気にする余裕もなく、ギルドの奥へ呼ばれていた。


     ◆


「座れ」


 ギルドマスター、ガドルの執務室。

 簡素な机と椅子だけの部屋だ。


「今日から、お前には単独任務を回す」


「……単独、ですか」


 驚きはあったが、拒否の気持ちはなかった。


「条件は一つ。ダンジョン内部のみ。地上作業は一切なしだ」


 ガドルは淡々と続ける。


「お前は特殊だ。なら、特殊な使い方をする」


 机の上に置かれた依頼書。

 『第四層深部・魔素変動調査』


 本来は、複数人で行う任務だ。


「信頼、してもらえてると考えていいんでしょうか」


 ジャンの問いに、ガドルは少しだけ口角を上げた。


「結果を出している。それだけだ」


     ◆


 ダンジョン第四層。

 深部に近づくにつれ、魔素は肌にまとわりつくようになる。


 ジャンの感覚は研ぎ澄まされていた。

 足音、空気の流れ、微かな振動。


「……ここだ」


 魔素が渦を巻く空間。

 原因は、巨大な魔物だった。


 単独で挑むには危険な相手。

 だが、逃げる理由はなかった。


 一撃目で距離を測り、

 二撃目で軌道を読む。


 魔物の爪が空を裂く。

 ジャンは紙一重でかわし、懐に入った。


 深い一撃。

 魔物は崩れ落ちる。


「……問題、なし」


 息は乱れていない。


     ◆


 帰還時、身体は急速に重くなった。

 だが、今回は倒れなかった。


 ペース配分を覚え始めていた。


     ◆


「任務完了、確認しました」


 ポーリンは報告書を読み、目を見開く。


「単独で……第四層深部まで?」


「はい。魔素変動の原因も、排除しました」


 周囲が静まり返った。


 ガドルは報告を受け取り、短く頷く。


「これで疑いようはないな」


     ◆


 その日から、ジャンの依頼内容は変わった。


・深層の調査

・危険区域の先行確認

・救援が困難な場所への単独潜入


地上での評価は割れたままだ。

だが、地下での信頼は確実に積み上がっていく。


「……あいつは、専門職だな」


 誰かの言葉が、ジャンの耳に届いた。


     ◆


 夜。

 宿の一室で、ジャンは自分の手を見つめていた。


 強い場所。

 弱い場所。


 それを理解し、選ぶこと。


「……それが、僕の戦い方か」


 万能でなくていい。

 全部できなくていい。


 必要な場所で、必要な力を出す。


 それが、自分の役割だ。


 ダンジョンのさらに奥が、

 静かに彼を待っている。


 次は、もっと深く。

 もっと濃い場所へ。


 ジャンは、確かな足取りで前を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る