第5話 地上最弱、地下の異端者

 ギルドの掲示板が、いつもより騒がしかった。


「第三層の調査、完了だって?」


「しかも救助つき……Fランクだろ?」


 ざわめきの中心に、ジャンの名があった。

 本人は、その視線に気づかないふりをしてカウンターに立つ。


「おはようございます、ジャンさん」


 ポーリンは、いつも通りの笑顔だったが、声は少し弾んでいた。


「体調は大丈夫ですか?」


「はい。……地上では、相変わらずですけど」


 そう言って、苦笑する。


 事実だった。

 階段を上るだけで息が切れる。

 荷物を持てば、腕がすぐに悲鳴を上げる。


 だが――。


「今日は、こちらの依頼を」


 差し出された紙には、「第四層手前までの通路確認」とある。


 本来、Dランク向けの仕事だ。


「……僕で、いいんですか」


「ギルドマスター判断です」


 ポーリンは視線を落とし、少しだけ声を潜めた。


「周囲の反発もあります。でも……実績は事実ですから」


 ジャンは、依頼書を受け取った。


     ◆


 ダンジョン第四層。

 そこへ近づくほど、空気は重く、濃くなっていく。


 ジャンの身体は、逆に軽かった。


 呼吸は深く、感覚は鋭い。

 足音ひとつで、敵の位置がわかる。


「……来る」


 影から現れたのは、中型の魔物。

 力も速さも、これまでとは段違いだ。


 だが、怖くはなかった。


 一歩踏み込み、避け、斬る。

 力任せではない。

 魔素に満たされた身体が、自然と最適な動きを選ぶ。


 戦いは短かった。


「……これが、深さ」


 ジャンは短く息を吐いた。


     ◆


 調査は滞りなく終わった。

 通路は安定、魔物の増加もなし。


 だが帰路、別の問題が起きた。


「……出口が、遠い」


 地上に近づくにつれ、身体が重くなる。

 脚が言うことをきかない。


 途中で、壁に手をついた。


「……まだ、倒れるわけには」


 歯を食いしばり、一歩ずつ進む。


     ◆


 ギルドに戻ったジャンを見て、冒険者たちは言葉を失った。


 顔色は悪く、今にも倒れそうだ。

 だが報告内容は、完璧だった。


「……本当に、同一人物か?」


 誰かが、そう呟いた。


 ガドルは腕を組み、静かに言う。


「場所が違えば、力も違う。それだけだ」


 だが、その言葉は全員を納得させるものではなかった。


     ◆


 数日後。

 ジャンは正式にEランク昇格を告げられた。


 異例の速さだった。


「おめでとうございます」


 ポーリンは素直に喜んでくれる。


「ありがとうございます。でも……」


 ジャンは言葉を切った。


「地上では、まだ何もできません」


 ポーリンは首を振る。


「それでも、誰かを救いました。価値はあります」


 その言葉は、胸に残った。


     ◆


 夜。

 宿の窓から、ダンジョンの方向を見つめる。


 地上最弱。

 地下最強――とは、まだ言えない。


 それでも、自分は進める。

 場所を選び、役割を選び、力を使う。


「……異端でも、いい」


 ジャンは静かに呟いた。


 深層が呼んでいる。

 さらに下へ。

 さらに濃い場所へ。


 その先に、自分だけの強さがあると信じて。

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