第4話 Fランクのまま、深層へ

 依頼書を受け取った瞬間、周囲の視線が刺さった。


「……ダンジョン内部調査?」


「Fランクが?」


 小声だが、はっきりと聞こえる。

 ジャンは気づかないふりをして、依頼書を畳んだ。


 内容はこうだ。

 第二層から第三層にかけての通路確認と、魔物の生息状況の記録。

 本来なら、Eランク以上が担当する仕事だった。


「大丈夫ですか?」


 ポーリンが心配そうに声をかける。


「はい。……中なら」


 それだけで、彼女は察したように微笑んだ。


「無理はしないでくださいね。戻ってくるまでが依頼です」


     ◆


 ダンジョンに入ると、空気が一変した。

 第一層よりも、明らかに魔素が濃い。


 ジャンの身体は、自然と温まっていく。

 視界が冴え、音が近く感じられる。


「……静かだ」


 壁を伝う水音。

 遠くで魔物が動く気配。


 第二層に入ったところで、群れを成す魔物が現れた。

 小柄だが数が多い。


 以前なら、間違いなく逃げていた。

 だが今は、足が前に出る。


 一体、二体。

 無駄のない動きで、短剣を振る。


 呼吸は乱れない。

 恐怖も、ない。


「……いける」


     ◆


 第三層の手前。

 魔素は、霧のように漂っていた。


 身体が、さらに軽くなる。

 力が湧き上がる感覚に、思わず拳を握る。


 だが、油断はしない。

 ガドルの言葉が脳裏をよぎる。


 ――便利でも万能でもない。


 調査は慎重に進めた。

 魔物の数、種類、通路の状態。

 一つ一つ、頭に刻む。


 その途中で、倒れた冒険者を見つけた。


「……生きてる」


 Eランクの徽章。

 傷は深いが、まだ息がある。


 ジャンは迷わず、肩を貸した。


「今、出ます。だから……」


 言葉に力を込め、出口へ向かう。


     ◆


 地上に出た瞬間、世界が重くなった。


「……っ」


 脚が震える。

 力が、抜けていく。


 それでも、倒れなかった。

 歯を食いしばり、一歩ずつ進む。


 ギルドが見えたとき、限界だった。


     ◆


「ジャンさん!」


 ポーリンと数人の冒険者が駆け寄る。


「……依頼、完了です」


 それだけ言って、ジャンは座り込んだ。


 救助された冒険者は、すぐに治療へ回された。


 後日、正式な報告が上がる。

 第三層の安定確認。救助一名。


 ガドルは報告書を読み、短く言った。


「Fランクとしては、破格だ」


 そして、ジャンを見る。


「だが、地上では無理をするな。戻れなくなる」


「……はい」


 その忠告は、重かった。


     ◆


 その夜、ジャンは宿のベッドに横になり、天井を見つめていた。


 地下では、強い。

 だが地上では、弱い。


 それでも――

 誰かを助けられた。


「……それでいい」


 自分に言い聞かせるように、呟く。


 Fランクのまま、深層へ。

 常識外れでも、構わない。


 ここが、自分の居場所なのだから。

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