第3話 体質改善という名の違和感

 翌日、ジャンはギルドの訓練場に呼び出されていた。

 朝の空気は冷えているが、身体は妙にだるい。


「……やっぱり、弱いままだ」


 地上では、昨日と同じ。

 剣を振るだけで、腕が重くなる。


 向かいに立つのは、ギルドマスターのガドルだった。

 隻眼の視線が、じっとジャンを捉えている。


「今から簡単な計測をする」


 そう言って、ガドルは木剣を投げて寄こした。


「俺に一太刀、当ててみろ」


「えっ……?」


「遠慮はいらん。今のお前の全力を見たい」


 ジャンは唾を飲み込み、木剣を構える。

 踏み込むが、動きは鈍い。


 結果は、あっけなかった。

 ガドルは一歩も動かず、軽くいなすだけ。


「……Fランク相当。いや、それ以下だな」


 容赦のない評価だった。


 だが、ガドルは続けて言った。


「次は、場所を変える」


     ◆


 二人が向かったのは、昨日と同じダンジョンだった。

 入口に立った瞬間、ジャンははっきりと感じた。


 ――空気が、濃い。


 胸の奥に、熱が灯る。

 息が深く吸える。


「……来たな」


 ガドルは低く呟いた。


「中で、さっきと同じことをやる」


 木剣を構え直す。

 今度は、足が自然と前に出た。


 一歩。

 二歩。


 踏み込みと同時に、剣を振る。


 ガドルの表情が、わずかに変わった。


 木剣同士がぶつかり、乾いた音が響く。

 ジャンの腕は、弾かれない。


「……ほう」


 次の瞬間、ガドルが反撃に出る。

 だがジャンは、反射的に身を引いていた。


 ――見える。


 動きが、読める。


 三合ほど打ち合ったところで、ガドルが手を止めた。


「十分だ」


 ジャンは、荒く息を吐く。

 疲労感は、ほとんどない。


「……全然、違う」


 地上とは、別の身体だ。


     ◆


「スキル《体質改善》」


 ダンジョンの簡易休憩所で、ガドルは口を開いた。


「お前のそれは、魔素に反応して身体を作り替える」


 魔素。

 ポーリンから聞いたことがある言葉だ。


「魔素とは、世界に満ちる力の源だ。魔法、強化、回復……すべてに関わる」


 ガドルは壁を指で叩いた。


「地下は魔素が濃い。地上は薄い」


 ジャンは、はっとした。


「じゃあ……」


「そうだ。お前は、魔素が濃いほど強くなる」


 そして、静かに告げる。


「逆に、薄い場所では弱くなる」


 ジャンは言葉を失った。


「そんな……」


「便利でも万能でもない。扱いづらいが、はまれば化ける」


 ガドルの視線は、鋭い。


「ダンジョンに潜るほど、お前は強くなる」


     ◆


 ギルドに戻ると、ポーリンが二人を迎えた。


「……顔つきが、違いますね」


 ジャンは苦笑した。


「どうやら、地下限定みたいです」


「なるほど……」


 ポーリンはすぐに理解した様子だった。


「それなら、向いている依頼があります」


 差し出された依頼書には、

 「ダンジョン内部調査」と書かれている。


「地上作業は免除だ。無理はさせん」


 ガドルが付け加える。


「お前の戦場は、下だ」


 ジャンは依頼書を握りしめた。


 弱いままだと思っていた。

 才能がないのだと、決めつけていた。


 だが違った。


 場所が、違っただけだ。


「……やります」


 声は、自然と前を向いていた。


 地上では最弱。

 だが地下では、誰よりも。


 ジャンの冒険は、

 ここから本当の意味で始まる。

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