第5話

 帰国したての宗貞に帰る家はない。だからといって野宿もしない。そういった波瀾万丈な経験は数年前に済ませており、金もある今はもっぱらホテル暮らしだ。


 都内にあるホテルの最上階、スイートルームで宗貞はワイングラスに口をつける。夜景が一望できる窓から眼下を眺め、口の端を上げた。


「こんな夜まで働いてる奴を肴に俺はワインを飲みながらゆったりとした時間を過ごす……日頃の行いの差かねー」


 真面目に仕事に勤しむ者が聞けば怒り狂いかねない台詞を吐きつつ、もう一口つけようとした。


 宗貞の動きが止まる。中のワインが揺れる。あと少しで溢れそうになっていたが、そちらには意識を向けず、ホテルの周囲を気にしていた。


 宗貞は精霊を召喚し、ホテルの外周を探査する。1秒と経たず終える。彼は嘆息した。


「こんな時間に客人か……それも嫌な顔してやがる」


 嫌な顔、というのは控えめな表現だ。


 宗貞にとっては複雑な相手。人格的には何一つ見習う点がないくせに、力という一点においては今の彼の在り方に近い。


 好き嫌いの感情では決して図れない、因縁がある。


「相変わらず化物じみた存在感してるな」


 宗貞の顔に冷や汗が浮かぶ。


 精霊を通じて相手の力量を彼は多少測れる。ホテルへ近づいて来る二つの気配の強さに体が拒絶反応を示していた。


 幼い頃、もらっていた時には実力差など一切分からなかった。


 しかし、今ならハッキリと分かる。分かってしまう。


 言うなれば二つの太陽だ。人間一人には贅沢が過ぎる。


 差は歴然だった。


「戦いは避けたいところだが……そうもいかねーよな」


 宗貞としてはやる意味のない戦いはしたくない。ファイトマネーもないのに戦ったところで、損を被るのは自分自身だ。


 仮に勝てたとしても、それで得られるのは多少の自己満足のみ。過去に縛られない彼にしてみれば、もらっても嬉しくなかった。


「逃げられる……わけがねーな。むしろ逃げようとして反感を買うのは御免だ」


 宗貞の中で意思は固まった。本心では逃走一択。何の得にもならない戦いはタダ働きも当然だ。


 しかし、それは出来ない。逃げられないこともそうだが、逃げたところでそれは一時凌ぎにしかならない。


 自身の居場所を特定したということは、向こうには優秀な情報屋が味方についているということ。今逃げたところでまた見つけ出されて、同じ目に遭う。


 過去と対峙する時が来た。そう諦めるのが賢明だろう。


 宗貞はソファーにかけてあった上着を羽織る。深く深く溜息を吐き、意識を切り替える。己の意思の制御が常となる術者としては当たり前に持ち合わせている技術だ。


「気は乗らないが……いこーか」


 宗貞は鉛でもつけられたような足取りで部屋を後にした。

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