第2話
一枚の扉の前でメイドが立ち止まる。宗貞も足を止めたが、部屋の中から感じられる異様な気配に顔を顰めた。
(……居るな。やっぱり悪霊じゃねーなこれ)
瘴気の濃さが尋常ではなかった。五感全てを殴りつけてくるような、筆舌し難い感覚が宗貞を総毛立たせる。
部屋の中に入ることを躊躇っているように見えたのか、何も分からないメイドが彼に声をかけた。
「どうかされましたか?」
「いや何でも」
宗貞は薄気味悪さを感じつつも、平然を装う。メイドはその反応を訝しみつつ、扉を開けた。
中には骨董品が置かれており、中央にテーブルと挟む形でソファーがあった。その片側に男が一人座っている。
誰かは尋ねるまでもない。彼こそが今回依頼してきた屋敷の主人だというのは容易に想像がついた。
ティーカップに口をつけようとしていたところだったが、彼に気づき、行動を中断する。
「おお、君が今回の依頼を引き受けてくれた風術師とやらかな?」
「そーです」
宗貞は不貞腐れたような顔で返事をする。本当なら今すぐにでも帰りたかったが、今更帰るわけにもいかない。
気持ちは抑えられなかったので、顔には不満がありありと出ていた。
それでも依頼人の男は気を悪くすることなく、メイドの方へ声をかける。
「コラ、
「申し訳ございません、ご主人様」
「まぁいいさ。人に見られて困るようなことはしてなかったからね。次からは気をつけるように」
「はい」
声はとても穏やかであり、上から頭ごなしに叱りつけたりもしない。相当心が広い人物のようだ。
男はメイドから宗貞に視線を戻すと、ソファーから立ち上がる。目の前まで歩み寄り、右手を差し出した。
「私は
「周防です」
「そうか。では、周防くん。来て早々で悪いんだが、早速悪霊退治に取り掛かってもらえるかな」
「ええ、勿論」
さっさと退散したい彼にとっては好都合だった。
入り口の前から動くことなく、部屋の中を見回す。通常の視界ではなく、霊視力と呼ばれる、この世のものではないものを視る眼を使う。
すぐにその存在を認識し、補足した。部屋の壁全体に瘴気の巣を張っており、天井に繭らしきものがあった。
「何か、見えたのかな?」
宗貞の表情の変化に気づいた播磨が期待の眼差しを彼に向ける。少し遅ければ悪霊に殺されていたかもしれないというのに、呑気な男だった。
宗貞は男の戯言を無視し、悪霊の討滅に専念する。
意識を集中させた彼の下へ集う、夥しい数の精霊達。それらは宗貞が宿す霊力を対価にし、力を発揮する。
完全に締め切った部屋の中で風が発生する。宗貞の足元で廻り、その速度を上げていく。
繭が割れ、膨大な量の瘴気が噴き出す。赤の六つの光点が覗き、彼を威嚇する。
宗貞は真っ向から見据え、ポケットに両手を突っ込んだまま精霊に命じる。
「やれ」
その絶対的なる意思は、精霊を完全に統御し、不可視の刃を作り出させた。繭ごと一刀両断し、天井から剥がれ落ちてくる。
しかし、終わらない。怒涛の追撃が始まる。
宗貞を取り巻く風が次々と刃と化し、立て続けに妖魔へと浴びせられる。数秒の間に百以上の攻撃回数を受けたことで、妖魔は瘴気の残滓さえ残さずに消え去った。
「終わりました。振り込みは三日以内に」
「ど、どうやらそのようだ……」
播磨とメイドには妖魔の姿そのものは見えなかったようだが、部屋の中で膨れ上がった存在感は無意識のうちに感じ取ったらしい。
顔色が悪く、疲弊している。彼は特に二人を労わることなく、部屋の外に向かって歩き出す。
やることは終わった。これ以上この場に留まる理由はない。
宗貞は涼しい顔のまま、屋敷を立ち去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます