.4 最初の協力者

 また、夢を見た。魔術師だった頃の夢。道を歩いていく人達の顔は暗く、よどんでいた。そして決まって誰かが――泣いていた。

 手を差し伸べてみるも、その人達に触れる事はできず、淡い煙となって霧散する。


 ――人影が見える


 遠い離れた場所で、ローブを着た人影がこちらを見ていた。近づいてみるが、どういうわけか顔はわからない。けど、なんとなくだけど正体がわかる。こいつはだ。

 人と触れ合わず、馴れ合わず、ただ独りで戦っていた男。


「後悔、してるのか?」


 僕の問いかけに、ローブの人影は反応しない。けど、わかるよ。お前は僕なんだから。

 人に手を差し伸べなかった事、魔王を取り逃がした事、大切な人を亡くした事――全部わかる。


「知ってると思うけど、僕に魔力は無いからな?」


 ローブの人影に反応はない。聞こえないよ、だけど――アンサーは確かに貰った。

 ゆっくりと光を纏い、人影が少しずつ消えていく。


「そうか、わかった」


 光の粒子となって消えていくその人影に伝える。


「そしたら僕が最初の協力者だ。僕が必ず、魔王を倒してみせる」


 今度こそ――必ず――



***


 気がつくと、見知った天井が目の前に広がっていた。ここは…自室だ。


「……ッ!」


 身体を起こそうとすると、鋭い痛みが全身を襲った。どうにか起きれないかと四苦八苦していると、ドタドタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。


「セージ!?」


 バンッと勢いよくドアが開けられ、母と顔を合わせる。その表情は今にも泣きそうだった。


「お母さん…」


「セージ!!!」


 母が駆け寄り、僕の手を握った。久しく人と触れ合ってないような気がしたから、とても――温かった。

 

「良かった…目を覚まして…本当に…良かった」


 母の目には涙が浮かんでいた。僕も少しだけ、泣きそうになった。


「どれくらい、寝てた?」


「四日ほどよ。ずっと目を覚まさなくて心配で…」


「そっか…心配かけてごめん」


「本当よ!全く…」


 言葉は強かったけど、母の握る手は優しいままだった。僕も手をしっかりと握り返す。


 ガチャリ、と遠くで音がする。あの時会えなかった人の声が聞こえた。


「母さん帰ったぞー、セージの様子はどう…」


 母が全てをほったらかしてこっちに来ていたので、不思議そうな顔をした父と対面する。


「おはよう、お父さん」


「セージ…!目を覚ましたのか!」


 安堵の表情が溢れた。父も駆け寄り、母と握っていた手の上から覆い隠すように握ってきた。


「ごめんなセージ…あの日こっちに来させなければ、こんな事には…」


 父の仕事の手伝いに行く途中で被害にあったんだ。父が責任を負うのも無理はない。けど、アレは事故みたいなものだ。父が責任を負う必要はない。


「お父さんのせいじゃないよ。僕が不注意だったんだ」


「でもな…」


 納得していないようだったが、あまり二人には悲しんでいてほしくない。話題を逸らそう。


「それよりも、僕お腹空いちゃった」


「そうね!今ご飯作って持ってくるから待ってて」


 母がまたドタドタと向こうへ行き、ガチャガチャと料理している音を父と聞く。


「とりあえずセージ。お前が無事で良かったよ」


 父も席を立ち部屋を出ようとする。その前に一つだけ聞きたいことがあった。


「そうだ、お父さん」


「ん?」


「女の子とか見なかった?森の中で」


「女の子?いや、見てないな」


「そっか」


 多分、逃げ切れたと思いたい。色々思うところはあるが、とりあえずは命がある事に感謝しないと。ここで死んだら、魔王も倒せないからな。ここからはやる事が沢山あるぞ…まずはそうだな、早く身体を治さないと。

 

 母が作る料理の匂いが漂い、誤魔化す為だったがが、本当に食欲が湧いてきた。母が料理を持ってくるまで、どんな料理か考えてみようかな。


 そういえば、誰が僕を助けたんだろう――



 怪我を負ってから2週間。薬や栄養バランスの良い食事のおかげで、身体はすっかり完治した。

 身体の隅々まで力が入る。これでようやく、準備に取り掛かれる。だか、再度確認だ。


「お父さん、お母さん」


「ん?」


「この世界に魔王って…いる?」


「魔王?」


 二人は顔を見合わせて、少し困惑した表情を僕に向けた。


「魔王って…あのお伽話の?」


「絵本でも読んだのか?セージ」


「うん、そうなんだ…」


「なんだ怖くなったのか?安心しろよ、魔王なんていないからさ」


 父がニヤニヤとした笑顔を向けてくる。そう、この世界に魔王はいない。少なくとも、目立った活動をしていない事から、復活はまだしていないと思う。

 だが正直、魔王より僕自身をどうにかしないと。このままじゃただの子どもだ。この世界での知識を身につけないと。まずは手始めに――


「そうだ、父さん。欲しいな」


「あーか?別に良いけど、壊れてるぞ?」


 僕が欲しかったもの。それは、父が木を切る際に使っている道具。魔王がいた時代には無かったもの二つ目――魔術道具マジックアイテムと呼ばれる道具だ。

 この道具、木を切る際、風のようなものを出して切り込みを深くする事ができるようだが、上手く改良できれば武器になるかもしれない。この世界の魔術についても知れるし一石二鳥だ。


「僕、ちょっと外で遊んでくるね」


 父から貰った魔術道具を持ち外に出ようとしたところ、母に静止をかけられた。


「セージ!森には入っちゃダメだからね」


「わかってる、すぐ近くだよ」


 母さんは僕が怪我をした以降、森に近づくのを許さなかった。

 僕も今のところ森に行く気はないが、上手くこの魔術道具を改良できたら、威力試しに行っても良いかもしれない。


 家から少し離れた場所で、壊れた魔術道具と向き合う。斧と同じ形だが、持ち手の下に魔石を入れるスペースがある。ここから分解してみよう。



***



 …全然ダメだ、分解できない。


 かれこれ二時間はこいつと格闘しているが、子どもの力と知識不足が相まって作業が全く進展しない。

 思い切って、石にでも当てて壊すか?いや、取り返しのつかない事になったら面倒だ。


「別の事を試すか…」


 魔術道具については一旦置いとこう。次はだ。

 僕がポケットから取り出したのは小さな石、魔石だ。魔王がいた時代には無かったもの一つ目だ。この魔石の魔力を上手い事利用して、僕の魔力に変換できないか試す。


「…よし」


 魔石にグッと力を込め、握る。試しに、魔術の発動を試みる。


魔術アクティベート空中飛行エアライド


 ……


「駄目か…」


 何も変化は起きなかった。魔石の魔力は、僕の魔力としては認識されないようだった。

 前途多難、不可能、ネガティブな言葉が頭をよぎるが頭を振って誤魔化す。


「まだまだ、次はこの魔石を…」


 その日から、魔術道具と魔石を使った実験を行った。どれも目ぼしい成果を得る事はできず、魔王を倒す目標という道だけが定まったまま――二年の歳月が流れた。



「やった…!分解できたぞ!」


 僕が七歳になる頃に、初めて魔術道具の分解に成功した。あれから何度も壊れた魔術道具をさらにいたが、今回初めて分解という形に収められた。

 感動で涙が出そうになったが、本題はここからだ。どういう魔術が組み込まれているのか、書き換えや上書きは可能か、それとも何もできないか…恐る恐る確認する。


「あれ、こんだけ…?」


 開けてびっくりしたのは、魔術式の単純性だった。本来、魔術式というのは難しく難解にすればするほど、魔力の消費量が上がる。その分流した際の威力というのも上がる、というのが魔術師時代の常識だった。


「この単純な魔術式だったら、十分書き換えられる…!」


 ただ書き換えるのにも限度はある。僕ができるのは魔術式の書き換えだけで、道具の形を変えたり、必要な魔力の上限を上げたりする事はできない。形状は斧、入れられる量はこの小さな魔石分のみ。そしたら…


「こうしようかな」


 魔術式を書き換え、再び元に戻す。見た目は同じだ、でも中身が違う。早速試してみるか。

 

 僕は怪我をして以来、森には近付いていない。母の言いつけもあったが、もしかしたらまた、あの怪物が現れるかもしれない。その時は、今度こそ倒せるようにしたかった。


「二年ぶりか…懐かしい」


 久しぶりに足を踏み入れる森の空気は美味しく、自然の音が安らぎと癒しを与えてくれる。少しうるさくなるかもしれないが、どうか許してほしい。


 大きく深呼吸をした後、改造したばかりの魔術道具を両手で構える。まだ僕の身体には少しデカい魔術道具だ。狙うのは一際デカい木。


「フゥ……ふんっ!」


 バキィ!!


 強い衝撃に耐え切れず、思わず身体が吹っ飛ぶ。


「うわっ!」


 振りと威力に対して、身体がまだ付いていけてない証拠だった。だか――


「魔術式の書き換えに、成功した!」


 本来であれば、軽い風の魔術が発動し、切り込みを少し深くするだけだったが、僕がふるったその斧は大木深くまでめり込んでいた。


 僕が書き換えた魔術式それは――魔石の魔力を一度に全て使う事で威力を上げる一度きりの攻撃――に仕様を変えたのだ。


 バキバキと、今だ大木に亀裂が伝播する音が聞こえるが、その音がこの世界で希望に変わるものだと、僕には思えた。


 そうだな、折角成功したんだ。この魔術道具の名前がほしい。うーん…よし


魔術道具マジックアイテム一振りだけの斧モア・アクス

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最強魔術師の魔力ゼロ転生 @Abe_1225

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