まぁ、いいや

黒猫夜

ピアスとたまご

 今日のラッキーたまごさんは、まだら模様のそこのあなた! ラッキーアイテムはピアス! 悩み事が解決するかも?


 ドアに手をかけたところで、朝の占いがリビングから聞こえてきた。私は鼻で笑って胸元を見下ろす。制服の内側、カーディガンの影に、私のがある。占いに拾われるのも場違いな、まだら模様の小さなうずらの卵。


 人は生まれながらにたまごを1つ持って生まれてくる。お守りみたいなものだと大人は言うけれど、私は一度もそう思えたことがない。


 クラスのみんなのたまごはニワトリ卵が普通で、時々アヒルやガチョウの人もいる。大きいほど「将来性がある」とか、くだらない噂があるから厄介だ。


 昇降口のロッカー前で、私はいつものようにたまごを見せない角度で立つ。見せる必要はないのに、見られる気がしてしまう。


 近くでは、靴を履き替えながら誰かが言っていた。


「昨日の芸人、たまごめっちゃ大きかったよね」

「でも、相方、それほどでもなくなかった?」

「たしかに~」


 笑い声が重なる。


 自己紹介のとき、体育の更衣室、保健室の検査。たまごの話題は必ず回ってくる。だから私は、靴を履き替え終えた子たちの背中から少し離れて、ローファーの先で床をなぞっていた。



 学校からの帰り際、急な雨。私は校舎に駆け戻る。ぐっしょりと濡れた制服が気持ち悪い。占いなんて、当たる気がしない。


 昇降口でだべっている集団を避けて、私は渡り廊下で雨宿りする。濡れたカーディガンを軽く絞り、椅子に広げた。蒸れるのが嫌で、たまごをそっと脇に置いた、そのときだった。


「あ、ごめん……」


 同じクラスのヒヨリが立っていた。名前と顔は知っている。でも、それ以上でも以下でもない。


 ヒヨリはたまごを首からぶら下げている。透明なケースに入れて、あっさりと。大きさは私より少し大きい程度で、模様も地味だ。


 ヒヨリの視線が、私が傍に置いたたまごに落ちる。


「小さいね」

「……うん」


 胸がきゅっとなる。


「持ちやすそう。落とさなさそうだし」


 それだけ言って、ヒヨリは自分のたまごに触れもしなかった。代わりに、耳元で小さく光るピアスが揺れる。


「朝の占い、ピアスだったよね。よかったら、片方貸そうか」


 冗談みたいに差し出されて、私は首を振った。でも断りきれず、指先で受け取る。冷たくて、軽い。


「私、ピアスしてないから」

「知ってる。だからお守り」


 意味はよく分からなかったけれど、少しだけ可笑しかった。雨音が続き、ローファーの中で靴下がじっとり冷えていく。


「卵のこと、気にならないの?」

「気になる日もあるよ。でも今日は、雨の日だから」


 雨は止まず、世界も劇的には変わらない。私のたまごも、相変わらず小さい。


 私はたまごをポケットに戻し、ピアスを一緒に入れた。濡れたローファーで一歩踏み出す。


「まぁ、いいや」


 その言葉は、不思議と静かに、私の中に収まった。

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まぁ、いいや 黒猫夜 @kuronekonight

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