あの日の「たまご」は、殻を破るとイケメン好きのミニ珍獣でした。
珍獣妻ひより
すべては、ひとつの小さな卵子(たまご)から始まった
生命の神秘とは、なんと静かで、なんと尊いものだろう。 モノクロのモニターに映し出された、たった数ミリの白い点。
「これが、お腹の中にいる赤ちゃんですよ」
先生の言葉に、僕は息を呑んだ。 まだ人の形すらしていない、けれど妻の中で確かに脈打つその存在。 僕は愛おしさを込めて、その子を「たまちゃん」と呼ぶことにした。
この小さな「たまご」が、穏やかで優しい女の子に育っていく……。
そんな未来を信じていた、あの頃の僕のピュアな感動を今すぐ返してくれ!
「逃げろ。そいつはただの卵じゃない。時限爆弾だ。」
なぜなら、その「たまちゃん」が初めて牙を剥いたのは、他でもないその診察室だったからだ。
大学病院の担当は、若手イケメン医師。 しかも、妻によると、脳に響くような極上低音ボイスの持ち主だった。 彼が「順調ですね」と囁いた、その瞬間――。
ボコォッ!!
胎動、なんていう生ぬるいものではない。 それは、お腹を突き破ってでもイケメンを直視しようとする、意志を持った「渾身の回し蹴り」のようだった。
たまちゃん、落ち着け。君はまだ殻を破るには早すぎる。
妻は物理的な吐き気と戦い、僕は戦慄に震えながら、確かな予感を得た。 この「卵」の中身は、おそらく、とんでもないヤツだ。
その予感は、娘(ゆず)がこの世に「爆誕」した直後から、確信へと変わった。
彼女がまだベビーカーに乗っていた頃のことだ。 七歳になるハーフのいとこ(将来有望な超絶美少年)が遊びに来た瞬間、ゆずの中に眠る「本能」が弾けた。
ベルトがちぎれんばかりの勢いで身を乗り出し、短い両手を必死に伸ばして、彼の両手をがっしりと掴んだ。
ニタニタという擬音がこれほど似合う顔があるだろうか。 スタイをよだれでビショビショにしながら、彼女はその手を決して離そうとしない。
握手会だ。 いや、あれは生後数ヶ月にして開催された、人生初の単独握手会だった。
成長しても、そのセンサーは鈍るどころか研ぎ澄まされていく。
保育園では、若手男性保育士さんをピンポイントでロックオン。 「だっこー!」とせがむその姿には、僕には一生見せることのないであろう「恋する乙女の眼差し」が混じっている。
二歳児にして、女を使い分けるとは。父の尊厳が、死ぬ……。
自宅で『おかあさんといっしょ』を流せば、着ぐるみキャラクターには目もくれず、画面に映る「うたのお兄さん」を凝視。
彼女にとって、テレビは娯楽ではない。「高濃度イケメン摂取用サプリメント」なのだ。
「……一体、誰に似たんだ」
その答えは、妻の実家である北海道で、音を立てて繋がった。
妻の部屋の棚から雪崩のように落ちてきた、大量のイケメン写真集と『BL観察ノート』。 そして「遺伝子ってすごいね!」と、なぜか誇らしげな妻。
あの日、エコー写真に映っていたあの数ミリの白い点。 僕はそれを「命の卵」と呼び、その静かな輝きに涙した。
けれど、今ならわかる。 あれは卵なんかじゃない。
「イケメン好きの情熱」と「珍獣の野生」をこれでもかと凝縮し、 出産とともに起爆するようにセットされた「最強の核爆弾」だったのだ。
今日もイケメンを求めて爆走する娘の後ろ姿を見ながら、僕は確信している。
あの日の卵の中身は、 殻に収まりきらないほどの『珍獣』だったのだと。
【著者より】 この「たまご」が殻を破って爆誕した後の、カオスな日常は、こちらのエッセイで公開中です!
珍獣妻と絶滅危惧夫 〜カオスな結婚生活の実話エッセイ〜
https://kakuyomu.jp/works/822139840561018582
あの日の「たまご」は、殻を破るとイケメン好きのミニ珍獣でした。 珍獣妻ひより @chinjyou
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